“男と女” 第24話 『寒いから・・・』
2019-06-25
第24話 『寒いから・・・』
寒いから・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・男が女を抱き締めた。
外(そと)は季節外(きせつ・はず)れの雪だった。
その雪で冷え切った女の体を温めながら、男が女の耳元で何か甘い言葉を囁いた。
それから女の額(ひたい)、頬(ほほ)、唇に軽くキスをした。
そして二人は見つめ合った。
そのまま時が経過した。
やがて男の唇が動いた。
こう言っているようだった。
「す、き、だ、よ」
だがそれは言葉にはならずに風になった。
そこで、
『ハッ!?』
女の目が覚めた。
今のは夢だったのだ、憧れのあの人の。
そぅ。
憧れのあの人の。
しかし現実は・・・
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第24話 『寒いから・・・』 お・す・ま・ひ
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“男と女” 第23話 『ダイエット』
2019-06-25
第23話 『ダイエット』
それは・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・夢の40㎏台突入だった。
女は見事な変身を遂げていた。
女はダイエットに励んだのだ。
それも人生初のダイエットに。
そして6㎏の減量に成功した。
それは会社帰りの月曜から金曜までの週5日、トレーニングジムに通った1ヶ月後の事だった。
もっともトレーニングジムと言っても、それはテレビCMでお馴染みのあのトレーニングジム “ RIZAP (ライザップ)” ではなく、女の地元にある無名のジムだったのだが。
それでも効果は絶大だった。
ウ~ム。
1ケ月で6㎏かぁ。
かなり頑張ったなぁ、この女。
そしてその女。
年齢25才。
身長は164㎝で、体重は49㎏。
つまりダイエット前は55㎏。
常に50㎏台をキープ 否 時には60㎏台に突入した事もあった。
それが終に40㎏台になったのだ。
夢の40㎏台に。
あぁ、なんと素晴らしい事か!?
そして女は、その数字をデカデカとピッカピカにデジタル表示で告げている体重計を繁々と見つめ、
「良し! 計画通り!!」
思わずガッツポーズを取っていた。
当然、女の顔からは笑みが零(こぼ)れていたのは言うまでもない。
勝利の笑みが。
それから女は耳からイヤホンを外した。
そのイヤホンからはあの EXILE (エグザイル)のヒット曲 『道』 が流れていた。
だからといってその女が特に EXILE が好きだったという訳ではない。
というより、ダイエット前は関心すらなかった。
では、ナゼ?
それはその女の憧れの男が EXILE のファンだったからだ。
それも 『大』 が付くほどの。
そのため女はそれほど聞きたいとは思わなかったにも拘らず、 EXILE をBGMにダイエットに励んだのだった。
憧れの男の好みに合わせて。
そぅ。
実はこのダイエット。
その男に少しでもアピール出来ればと始めたダイエットだったのだ。
加えて女は、休みの土・日は料理教室と英会話学校に通った。
それも男にアピールするためにだった。
というのもこの女のその憧れの男は、帰国子女で英語はペラペラな上、食通を自認するほどのグルメだったからだ。
女は必死で頑張った。
そして日々その成果が表れ、その容貌と知性はみるみる変わって行った。
それは・・・
ムダな肉が取れたお蔭で、顔は色白キュートで美しく、豊かだった胸は形良く整い、ウエストは綺麗にくびれ、ヒップはキュッとアップ。
そのシェープアップされたボディは日本人とは思えないほどバランス良く、そして切れがあった。
それに料理の腕は元々それが好きだった事もあり、出そうと思えば店を出せるまでに上達し、英会話も日常生活程度なら全く困らないレベルに達していた。
ここまで来れば本来なら自信に満ち溢れ、振り返る男たちを尻目に颯爽(さっそう)と街を闊歩(かっぽ)してもおかしくはない。
しかしこの女は、生来引っ込み思案だった。
そのため自分が見違えるような変貌を遂げていたにも拘らず、全てにおいて遠慮気味だった。
当然、憧れの男の前ではからっきしダメだった。
しかし、これだけ努力出来る女に不可能はない。
女は腹を決め、これまでの努力の総仕上げに掛かった。
その最後に行う総仕上げのため、女は近くのキリスト教会のドアを叩いた。
そして床に両膝を就き、右手で十字を切り、胸の前で両手を組み、一旦十字架を見上げてから俯(うつむ)き、目を瞑(つむ)り、組んだ両手の親指を額に着け、一心に祈ったのだ。
「嗚呼(ああ)!! どうか、あの人にこの思いを伝える勇気を下さい!!」
と神に。
一心に神に。
つまり、結局最後は神頼み。
うん。
そうだね。
やっぱ、こればっかりはそれしかないか?
ウ~ム。
となれば、この結末や・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・如何(いか)に???
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第23話 『ダイエット』 お・す・ま・ひ
“男と女” 第22話 『10通の恋文』
2019-06-24
第22話 『10通の恋文』
男には・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・大好きな女がいた。
何とかその女のハートをゲットしたかった。
そのため男は、毎日欠かす事無く10通の恋文を女の許(もと)に書留で送り続けた。
すると一月後、漸(ようや)くその効果が表れた。
そぅ。
その効果が表れたのだ、漸く。
一ヶ月後に。
それは婚約という形で表れた。
女は婚約したのだ。
毎日欠かす事無く10通の書留を配達し続けた・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・郵便配達人と。。。
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第22話 『10通の恋文』 お・す・ま・ひ
“男と女” 第21話 『星に祈りを』
2019-06-24
第21話 『星に祈りを』
女は・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・夜空を見上げていた。
星を見ていたのだ。
その時一番気になった星を。
そしてそのまま暫(しばら)くその星を見てから、静かに目を瞑(つむ)り、俯(うつむ)き、胸の前でソッと両手を組んだ。
そうやって女は祈りを捧げたのだ。
もしかしたら向こうからこっちを見ているかもしれない、3年前に死んだフィアンセに向かって。
結婚の報告をするために。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・両目を涙で潤ませて。。。
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第21話 『星に祈りを』 お・す・ま・ひ
“男と女” 第20話 『もう一歩の勇気』
2019-06-24
第20話 『もう一歩の勇気』
事態は・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・変わっていたかも知れない。
男は久し振りにそれも偶然、出勤途中の電車で乗り合わせた友人から女の結婚話を聞かされた。
友人は半月後に行われる女の結婚式に招待されていた。
その女と男はかつて恋仲だった。
というより互いに互いを想う両思いだったにも拘らず、男が今一歩勇気を出して恋人宣言まで踏み込む事をしなかったため、痺れを切らせた女が他の男の許(もと)に走ったのだった。
それを知った男は男で意地になり、女との連絡を一切取る事はなかった。
まだ愛していたのに。
そして一年半後の今。
女が結婚する事を聞かされたのだ。
それも朝っぱらから。
男は後悔していた。
何であの時、女の気持ちを知っていながらもう一歩勇気を出せなかったかを。
だが、今となってはそれも後の祭り。
その時男に出来た事はたったの一つ。
友人にこの言葉を託す事だけだった。
「おめでとう」
それを女に伝えてもらう事だけだった。
そしてその日は男にとってやるせない一日だった。
脱力感から何も手が付かなかった。
仕事も上の空でミスを連発し、取引先は勿論、上司に大目玉を食らい。
帰りは帰りで、駅にカバンを置き忘れたり、財布を落としたりと散々だった。
そして自棄酒(やけざけ)の飲み過ぎで、翌日は二日酔いで欠勤とまぁ、目も当てられなかった。
そしてそれから三年。
男は偶然、
『あ!? あれは・・・』
駅で女の姿を見つけた。
それは間違いなくあの女だった。
しかし、女が男に全く気付いた様子は全くなかった。
男は遠くからその女を観察してみると、女はまるで別人になっていた。
昔の面影は殆(ほとん)どなく。
その姿は、これがアイツかと思わせるほど全く変わり果てていた。
そぅ。
女は変わり果てていたのだ。
所帯やつれして。
人生に 「もし」 という言葉はない。
だが、
敢えてその言葉を使うとするなら。
あの時、女が痺れを切らさず、寧ろ女の方から積極的に一歩踏み込んでいたなら。
もしかして今のその所帯やつれした惨(みじ)めな姿は・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なかったかも知れない。。。
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第20話 『もう一歩の勇気』 お・す・ま・ひ
“男と女” 第19話 『笑顔』
2019-06-24
第19話 『笑顔』
男はいつも・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・後ろを振り返り、過去ばかりを見ていた。
決して前を向こうとはしなかった。
その原因はと言えば、3年前、最愛の妻を交通事故で失ったからだった。
男は妻を心から愛していたのだ、今も尚(なお)。
だが、ある日を境に前を見るようになった。
それも前だけを見るように。
というのも、会社で前の席に座っている後輩の若い女の子が、目が合う度に微笑み返けてくれるその笑顔の意味に、やっと気付いたからだ。
その精神的ゆとりが漸(ようや)く男に出来て。
そぅ。
やっとその精神的ゆとりが男に出来て。
だからその男はもう二度と・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・後ろは振り返らない。。。
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第19話 『笑顔』 お・す・ま・ひ
“男と女” 第18話 『 p.s. I love you ・・・ No.4 』
2019-06-24
第18話 『 p.s. I love you ・・・ No.4 』
p.s.
大好きなアナタへ・・・
機種だって、カラーだって、ストラップだって、ケースだって、ケースの模様だって、ぜ~んぶお揃いの二人の携帯。
でも、いつですか?
ワタシがその中に入れるのは?
アナタはもうズ~ッと前から入っているのに。。。
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第18話 『 p.s. I love you ・・・ No.4 』 お・す・ま・ひ
“男と女” 第17話 『写真 ②』
2019-06-23
第17話 『写真 ②』
このお話は、
第16話 『写真 ①』
の姉妹編ちゃん death。
「フゥ~」
男が吐息(といき)を漏らした。
部屋から女が出て行った痕跡が見られたからだった。
否。
それが感じられたからだった。
男が仕事から帰ってみると、部屋の様子がいつもと少し違っていた。
テレビもラジオもテーブルも、そしていつも二人で寝ているダブルベッドもそのままなのに。
でも、何となくいつもと様子が違うのだ。
男は急いで据え付けのクローゼットの扉を開けて中を見た。
思った通り女の服がなくなっていた。
チェストの引き出しを開けてみた。
やはり女の下着だけが消えていた。
一瞬、男の表情に陰りが見られた。
だが、気を取り直したのだろうすぐにそれは消えた。
そしてラジオのFM放送を点け、それをBGMにしながら手を洗い、着替えを始めた。
部屋着に着替え終わり、冷蔵庫から缶ビールを取り出し、それを持ってテーブルに着いた。
するとテーブルの上に一枚の写真が置かれてあった。
それはその男と、出て行った女が、初めて一緒に写った写真だった。
(シュポッ!!)
男は左手に持っていた缶ビールのタップを開け、一口、グビッと飲んでからその写真を右手に取り、繁々と見つめた。
思い出が蘇って来た。
初めて出会った頃の楽しくそして懐かしい思い出が。
『あの頃は良かったなぁ・・・』
そう思いながら、女が、写真の中に並んで写っている二人の胸の辺りにカラーペンの白で書き残したメッセージを読んだ。
そのメッセージはこう書かれてあった。
“思い出をありがとう。 サヨナラ”
それを男は言葉に出して読んだ。
「『思い出をありがとう。 サヨナラ』 か・・・」
そしてもう一度、
「フゥ~」
吐息を漏らした。
それからビールと写真を持ったまま静かに目を閉じた。
どうやら思い出に浸っているようだった。
女とのこの5年間の思い出に。
楽しかった事や嫌だった事、それに特に大した理由もなく分かれるに至った事などなどを、考え深げに男は一つ一つそれらを思い出していた。
そして昔を懐かしんで最後にもう一度、
『あの頃は良かったなぁ・・・』
そう思った時、先ほど点けたラジオから歌が流れて来た。
その歌は昔懐かしいヒット曲で、その時の男の心境にピッタリとシンクロしていた。
確か1970年代のJ-ポップの代表曲だったろう。
それはウーニン事(こと)、あの納豆屋 海栗(なっとうや・うに)の名曲・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・『あの日にかえりたい』 だった。。。
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第17話 『写真 ②』 お・す・ま・ひ
“男と女” 第16話 『写真 ①』
2019-06-23
第16話 『写真 ①』
「ハァ~」
女が溜息を吐いた。
それは、3年間同棲していた男との別れが決まり、男の留守中その男の部屋を去る支度をしていた時に出て来たアルバムを見ての事だった。
そのアルバムには、5年前初めて男と出会った時から始まり、同棲を始めた3年前、そしてつい1か月前に一緒に行った北海道スキーツアーの写真までが順を追って張られていた。
それらの写真を1枚1枚繁々と眺めながら、女はそこに写っている出来事を思い返していたのだ。
女は懐かしさで目頭が熱くなった。
そして別れの原因を考えてみた。
特に何かがあったからではなかった。
浮気とか、喧嘩とか、憎み合ったとか、・・・とか、といった。
ただ、倦怠期に入り、互いが互いの存在にプレッシャーを感じ始めそれが限界に達した時、別れが決まったのだった。
つまり、男も女ももうそれ以上の惰性の生活に踏ん切りを付けようという事になった、という訳だ。
そして今日。
女は男の部屋を出て行こうとしていた。
そんな中で見ているアルバム。
その写真が最後の1枚になった。
その中の男はこっちを向いて微笑み掛けていた。
並んでその隣りにいる自分も同じ事をしていた。
しかしその笑いにはどこかぎこちない物があった。
それを見て女はこう思った。
『この時点でもうアタシたち、やっぱ、仮面被(かめん・かぶ)ってたんだ・・・』
それから女はもう一度一番初めのページに戻り、付き合い始めた頃の写真を見た。
その写真の中の男もこっちを向いて微笑み掛けていた。
やはり、並んでその隣りにいる自分も同じ事をしていた。
それをジッと懐かしみながら女はもう一度、
「ハァ~」
溜息を吐いた。
それからその写真をアルバムから丁寧に剥がしてテーブルの上に置き、その写真にカラーペンの白でメッセージを書き残した、笑顔でこっちを向いている二人の胸の辺りに。
その写真の中は最後の写真とは場所も違えば季節も服装も、そして二人の若さも、それら全部が違っていた。
何もかも全部が違っていたのだその写真の中は、最後の写真と比べると。
だがその中でも一つ、取り分けて決定的な違いがあった。
そぅ。
他を差し置いて一目でそうと分かる決定的な違いが。
その決定的な違い、それは・・・
こっちを向いている二人の・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・笑顔だった。。。
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第16話 『写真 ①』 お・す・ま・ひ
“男と女” 第15話 『微笑みがえし』
2019-06-23
第15話 『微笑みがえし』
突然・・・
するとそこに一人の女がいた。
二人の目が合った。
女が微笑んだ。
それに男が微笑みがえした。
それはこの二人がデートの時、いつもその待ち合わせ場所で最初に行う儀式だった。
そんなある日。
いつもの場所で男が振り返った。
だが、そこに女はいなかった。
いたのはその女の幻影だけだった。
目が合うといつも優しく自分に微笑みかけてくれていた・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・3日前に分かれたあの女の。。。
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第15話 『微笑みがえし』 お・す・ま・ひ
“男と女” 第14話 『 p.s. I love you ・・・ No.3 』
2019-06-23
第14話 『 p.s. I love you ・・・ No.3 』
大好きなアナタへ・・・
ワタシが一番好きなのはアナタのその声。
澄んでいて、良く通って、そして綺麗で。
チョッと高いけど上品なアナタのその声、大好きです。
でも、
その声が愛を囁(ささや)くのは・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あの娘(こ)の耳元。
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第14話 『 p.s. I love you ・・・ No.3 』 お・す・ま・ひ
“男と女” 第13話 『メール ②』
2019-06-23
このお話は、
第12話 『メール ①』
の姉妹編 death。
第13話 『メール ②』
その女が、この世で最も幸せを感じる瞬間。
それは・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・彼からの返信メールを開いた瞬間。
男は決まっていつも、
『俺の麻美へ・・・』
から書き始め、それから他愛のない話が続き、〆(しめ)はいつうもこうだった。
『・・・ lovelove 』
だがある日。
女はいつもとは少し違ったメールを男に送った。
書き出しと〆の言葉を変えたメールを。
するとそのメールの返事が、いくら待っても来なかった。
いつもなら速攻返事が来るのに。
でも女は平然としていた。
そぅ。
女は分かっていたのだ。
今、自分が送ったメールの本当の意味を・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・男が理解した事を。。。
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第13話 『メール ②』 お・す・ま・ひ
“男と女” 第12話 『メール ①』
2019-06-23
第12話 『メール ①』
その男が、この世で最も幸せを感じる瞬間。
それは・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・彼女からのメールを開いた瞬間。
女は決まっていつも、
『大好きな健ちゃんへ・・・』
から書き始め、それから他愛のないやり取りが続き、〆(しめ)はいつうもこうだった。
『・・・ lovelove 』
だがある日。
男が受け取ったメールは少し違っていた。
否、全く違っていたと言った方が正しいか?
そのメールの書き出しは、
『健ちゃんへ』
で始まり、
『じゃぁね』
が〆だった。
内容はいつも通りで特にどうこう言うような内容ではなかったのだが、ナゼかそれを読み終えた男の目には薄っすらと、涙が湛(たた)えられていた。
そぅ。
男は察したのだ。
女の心が自分から・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・既に離れてしまった事を。。。
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第12話 『メール ①』 お・す・ま・ひ
“男と女” 第11話 『電話機』
2017-07-16
第11話 『電話機』
女は・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・呆然としていた。
『信じられない!?』
という表情だった。
否。
『何が起こったのか分からない!?』
そう言った方が正しいか?
それは、長年使い慣れた電話機が自分の不注意で壊れてしまったからだった。
その日。
朝寝坊(あさねぼう)して会社に遅れそうだったので、女は少し気が急(せ)いていた。
そのため、出掛(でが)けにバッグに引っ掛けて床に落としてしまったのだ。
そしていくつかのパーツが割れて床に飛び散っていた。
携帯があるので別に通話に不自由はしない。
なのに、女のガッカリ感は傍(はた)で見ていてもハッキリと分かるほど酷かった。
遅刻しようがしまいが、そんな事はもうどうでもいいようにさえ見えた。
今、女の受けているショックはそれほど酷かったのだ。
床に落ちている電話機の本体を拾い上げようともせず、ただそれを呆然と見つめている事しか出来ないほど。
女はチャンと稼(かせ)ぎのある、今年25才の社会人。
電話機など左程(さほど)高い物ではない。
だから買い替えればそれで済む話だ。
でも、女はその電話機に拘(こだわ)った。
否。
その電話機でなければならなかった。
ナゼか?
それはその電話機の中には、まだ女が消せずに残しているメッセージが入っていたからだ。
1週間前に死んだ恋人の、甘く、そして優しく語り掛ける、この世にたった一つしかない・・・
その女宛の・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・大切なメッセージが。。。
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第11話 『電話機』 お・す・ま・ひ
女は・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・呆然としていた。
『信じられない!?』
という表情だった。
否。
『何が起こったのか分からない!?』
そう言った方が正しいか?
それは、長年使い慣れた電話機が自分の不注意で壊れてしまったからだった。
その日。
朝寝坊(あさねぼう)して会社に遅れそうだったので、女は少し気が急(せ)いていた。
そのため、出掛(でが)けにバッグに引っ掛けて床に落としてしまったのだ。
そしていくつかのパーツが割れて床に飛び散っていた。
携帯があるので別に通話に不自由はしない。
なのに、女のガッカリ感は傍(はた)で見ていてもハッキリと分かるほど酷かった。
遅刻しようがしまいが、そんな事はもうどうでもいいようにさえ見えた。
今、女の受けているショックはそれほど酷かったのだ。
床に落ちている電話機の本体を拾い上げようともせず、ただそれを呆然と見つめている事しか出来ないほど。
女はチャンと稼(かせ)ぎのある、今年25才の社会人。
電話機など左程(さほど)高い物ではない。
だから買い替えればそれで済む話だ。
でも、女はその電話機に拘(こだわ)った。
否。
その電話機でなければならなかった。
ナゼか?
それはその電話機の中には、まだ女が消せずに残しているメッセージが入っていたからだ。
1週間前に死んだ恋人の、甘く、そして優しく語り掛ける、この世にたった一つしかない・・・
その女宛の・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・大切なメッセージが。。。
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第11話 『電話機』 お・す・ま・ひ
“男と女” 第10話 『ウエディングドレス姿』
2017-07-16
第10話 『ウエディングドレス姿』
憧れのあの娘だった女のウエディングドレス姿は・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・とても美しかった。
まるで天使のようだった。
少なくとも男の目にはそう映っていた。
そして感慨無量(かんがい・むりょう)といった感(かん)で、立ってこちらを向いている女のその姿を眺めながら、
『あれから何年経っただろうか? 俺たちが初めて出会ってから・・・』
などと男は思い返していた、大学のゼミで一緒だった時の事を。
男は女に気付かれないように、いつも女の後ろに座ってその後ろ姿を眺めていた。
だが今は、なんら臆する事無く正面から堂々と眺めている。
否。
見つめている。
目頭を少しだけ熱くして。
5年間憧れ続けて来た女の晴れ姿を。
でも・・・
その女の真横には・・・
その男の・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・親友が立っていた。
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第10話 『ウエディングドレス姿』 お・す・ま・ひ
憧れのあの娘だった女のウエディングドレス姿は・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・とても美しかった。
まるで天使のようだった。
少なくとも男の目にはそう映っていた。
そして感慨無量(かんがい・むりょう)といった感(かん)で、立ってこちらを向いている女のその姿を眺めながら、
『あれから何年経っただろうか? 俺たちが初めて出会ってから・・・』
などと男は思い返していた、大学のゼミで一緒だった時の事を。
男は女に気付かれないように、いつも女の後ろに座ってその後ろ姿を眺めていた。
だが今は、なんら臆する事無く正面から堂々と眺めている。
否。
見つめている。
目頭を少しだけ熱くして。
5年間憧れ続けて来た女の晴れ姿を。
でも・・・
その女の真横には・・・
その男の・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・親友が立っていた。
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第10話 『ウエディングドレス姿』 お・す・ま・ひ
“男と女” 第9話 『最期のバッター』
2017-07-16
第9話 『最期のバッター』
試合は九回裏。
ツーアウト・フルベース。
点差は2点の4対2で、相手方リード。
一打逆転のシーンで、バッターは四番でキャプテン。
スリーボール・ツーストライク。
最期の一球。
敵、味方両陣営が固唾(かたず)を飲んで見守る中。
相手ピッチャーが大きく振りかぶって投げた球はど真ん中のストレート。
ここぞとばかりにバッターが、
(ブヮーン!!)
力一杯のフルスイング。
だがボールは無情にも、
(バスッ!!)
キャッチャーミットに吸い込まれた。
主審の、
「ストライーク!! バッターアウッ!!」
の声で試合終了。
その声と同時に泣き崩れる味方陣営。
大喜びではしゃぎ回る相手方。
一人冷静な最後のバッター、四番でキャプテン。
責任を感じつつも泣き崩れている味方ナイン一人一人を励まし、既にホームベース前に並んで待っている相手チームの前に整列させた。
それから全員帽子を取り、礼をして、互いの健闘を称(たた)えあった。
味方ナインは相変わらず涙を拭(ぬぐ)い、鼻水を啜(すす)っていた。
一人冷静な四番。
そこへチームのマネージャーでもあり、四番の彼女でもある女が近付いて来た。
そのマネージャーと目が合った瞬間、四番の目から、
(ポロッ。 ポロッ。 ポロッ。 ・・・)
それまで敗戦の責任を感じ、必死で我慢していた悔し涙が溢れ出した。
それは・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・マネージャーが泣いていたから。
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第9話 『最期のバッター』 お・す・ま・ひ
試合は九回裏。
ツーアウト・フルベース。
点差は2点の4対2で、相手方リード。
一打逆転のシーンで、バッターは四番でキャプテン。
スリーボール・ツーストライク。
最期の一球。
敵、味方両陣営が固唾(かたず)を飲んで見守る中。
相手ピッチャーが大きく振りかぶって投げた球はど真ん中のストレート。
ここぞとばかりにバッターが、
(ブヮーン!!)
力一杯のフルスイング。
だがボールは無情にも、
(バスッ!!)
キャッチャーミットに吸い込まれた。
主審の、
「ストライーク!! バッターアウッ!!」
の声で試合終了。
その声と同時に泣き崩れる味方陣営。
大喜びではしゃぎ回る相手方。
一人冷静な最後のバッター、四番でキャプテン。
責任を感じつつも泣き崩れている味方ナイン一人一人を励まし、既にホームベース前に並んで待っている相手チームの前に整列させた。
それから全員帽子を取り、礼をして、互いの健闘を称(たた)えあった。
味方ナインは相変わらず涙を拭(ぬぐ)い、鼻水を啜(すす)っていた。
一人冷静な四番。
そこへチームのマネージャーでもあり、四番の彼女でもある女が近付いて来た。
そのマネージャーと目が合った瞬間、四番の目から、
(ポロッ。 ポロッ。 ポロッ。 ・・・)
それまで敗戦の責任を感じ、必死で我慢していた悔し涙が溢れ出した。
それは・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・マネージャーが泣いていたから。
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第9話 『最期のバッター』 お・す・ま・ひ
“男と女” 第8話 『ホラー映画』
2017-07-15
第8話 『ホラー映画』
男は・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ホラー映画が好きだった。
特に、懐かしのアメリカン・ホラー映画の代表格である “フランケンシュタイン”、 “狼男”、 “魔人ドラキュラ”、 ・・・、 etc. といった古き良きユニバーサル・ホラーの大ファンだった。
しかし、だからといってその男が必ずしも変なヤツ、あるいは年寄りという訳ではない。
事実、その男はまだ20代前半の比較的好青年でスラリと背が高く、ハンサムで割と名の通った会社のサラリーマンだった。
ある日。
そんな男に恋人が出来た。
年は二十歳の女子大生。
小柄だが笑顔のチャーミングな可愛い子だった。
そもそもの馴(な)れ初(そ)めは、朝、通勤通学電車の中で女が男の足を踏んだのが切っ掛けで、初めて目が合った瞬間二人は恋に落ちた。
互いに一目で気に入り、愛が芽生えたのだ。
そして初デートの日。
ナゼか、男が選んだ場所は映画館。
しかも上映映画は男の好きなホラー物。
血の飛び交う現代的な迫力満点のドラキュラ映画。
何ともはや、初デート場所としてはトホホな選択なのだが、それでも女は嫌な顔一つせずに男の後について行った。
一緒にいられるだけで幸せだったからだ。
もっとも、女は怖かったり血が飛び交うような映画は大っ嫌いだった。
というのも、そんな物を見た日には必ずと言っても良いほど夜トイレに行けなくなるからだ。
そして上映開始。
やはり女は少し後悔した。
余りの気持ち悪さと怖さに終始顔を伏せ、男の腕にしがみ付いていた。
だが、
『来るんじゃなかった』
とまでは思わなかった。
それは、女にはハッキリと心に期する物があったからだ。
男にしてみればこの程度の内容の映画に恐れをなし、腕にしがみ付いて来るような女は目茶目茶可愛く、顔には出さなかったが内心ニヤニヤが止まらなかった。
こんな事さえ思っていた。
『良し!! 計画通り!!』
・・・。
もう映画の内容などどうでも良かったし、事実、何がどうなっていたのかさえ良く覚えてはいなかった。
それほど自分の腕にしがみ付いている女が可愛く、気になっていたのだ。
そして、
(ブゥー!!)
映画終了の合図と共に、
(パッ!!)
館内の照明が明るくなった。
それでもまだ女は男の腕にしがみ付いたままだった。
そんな女に男が声を掛けた。
「出よっか?」
「うん」
そして女が男の腕にしがみ付いたまま二人は席を立った。
初デートでこのスチエーション。
男の気分は最高だった。
そんな女が愛(いと)おしくて仕方なかったし、ズーッとしがみ付いていて欲しかった。
さり気なく女の髪をなでたりもした。
顔は気分を隠し切れずのヘブン顔。
『幸せだな~』
などとさえ思っていた。
まさかその時、女がこんな事を考えているなどとは露知らずに・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・『良し!! 計画通り!!』
メデタシメデタシ。。。
・
・
・
・
・
第8話 『ホラー映画』 お・す・ま・ひ
男は・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ホラー映画が好きだった。
特に、懐かしのアメリカン・ホラー映画の代表格である “フランケンシュタイン”、 “狼男”、 “魔人ドラキュラ”、 ・・・、 etc. といった古き良きユニバーサル・ホラーの大ファンだった。
しかし、だからといってその男が必ずしも変なヤツ、あるいは年寄りという訳ではない。
事実、その男はまだ20代前半の比較的好青年でスラリと背が高く、ハンサムで割と名の通った会社のサラリーマンだった。
ある日。
そんな男に恋人が出来た。
年は二十歳の女子大生。
小柄だが笑顔のチャーミングな可愛い子だった。
そもそもの馴(な)れ初(そ)めは、朝、通勤通学電車の中で女が男の足を踏んだのが切っ掛けで、初めて目が合った瞬間二人は恋に落ちた。
互いに一目で気に入り、愛が芽生えたのだ。
そして初デートの日。
ナゼか、男が選んだ場所は映画館。
しかも上映映画は男の好きなホラー物。
血の飛び交う現代的な迫力満点のドラキュラ映画。
何ともはや、初デート場所としてはトホホな選択なのだが、それでも女は嫌な顔一つせずに男の後について行った。
一緒にいられるだけで幸せだったからだ。
もっとも、女は怖かったり血が飛び交うような映画は大っ嫌いだった。
というのも、そんな物を見た日には必ずと言っても良いほど夜トイレに行けなくなるからだ。
そして上映開始。
やはり女は少し後悔した。
余りの気持ち悪さと怖さに終始顔を伏せ、男の腕にしがみ付いていた。
だが、
『来るんじゃなかった』
とまでは思わなかった。
それは、女にはハッキリと心に期する物があったからだ。
男にしてみればこの程度の内容の映画に恐れをなし、腕にしがみ付いて来るような女は目茶目茶可愛く、顔には出さなかったが内心ニヤニヤが止まらなかった。
こんな事さえ思っていた。
『良し!! 計画通り!!』
・・・。
もう映画の内容などどうでも良かったし、事実、何がどうなっていたのかさえ良く覚えてはいなかった。
それほど自分の腕にしがみ付いている女が可愛く、気になっていたのだ。
そして、
(ブゥー!!)
映画終了の合図と共に、
(パッ!!)
館内の照明が明るくなった。
それでもまだ女は男の腕にしがみ付いたままだった。
そんな女に男が声を掛けた。
「出よっか?」
「うん」
そして女が男の腕にしがみ付いたまま二人は席を立った。
初デートでこのスチエーション。
男の気分は最高だった。
そんな女が愛(いと)おしくて仕方なかったし、ズーッとしがみ付いていて欲しかった。
さり気なく女の髪をなでたりもした。
顔は気分を隠し切れずのヘブン顔。
『幸せだな~』
などとさえ思っていた。
まさかその時、女がこんな事を考えているなどとは露知らずに・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・『良し!! 計画通り!!』
メデタシメデタシ。。。
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第8話 『ホラー映画』 お・す・ま・ひ
“男と女” 第7話 『ボストンバック一つ分の思い出』
2017-07-15
第7話 『ボストンバック一つ分の思い出』
それは・・・
ボストンバックたった一つ分の・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・思い出だった。
ホンのチョッとしたすれ違で別れを決心した女が、男の留守中、男に内緒で荷物をまとめていた。
不必要な物はゴミとして出した。
そして残ったのがやや大き目のボストンバックたったの一つに収まっていた。
「・・・」
女は無言で、目の前にあるそのボストンバックをボンヤリと眺めていた。
心の中に男との思い出が走馬灯のように駆け巡っていたからだ。
初めての出会いからその日までの思い出が、生き生きと、懐かしく。
それがしばらく続き、その後で女が、
「ハァ~」
ため息を吐き、ボソッと独り言を言った。
「たったこれだけだったんだね、アナタとの思い出。 5年も一緒に暮らしていたのに」
そしてテーブルの上に別れの手紙を残し、
(バタン!! カチャ!!)
女は住み慣れたアパートのドアを閉め、鍵を掛けた。
それからユックリとその場から立ち去った。
立ち止まる事無く、振り向く事無く、最後に小声でこう言い残して。
「さ、よ、な、ら」
と一言。
男と女。
この状況で先に離れたのは女の方だった。
そぅ。
女が先に男の元を離れたのだ。
それは紛(まご)う事なき事実だった。
だがその時既に、男の心はとっくに女の元を離れていたのだ。
それまで女がそれに気付かなかっただけで。
そして女同様、男の思い出も又・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ボストンバックたったの一つ分だった。。。
・
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第7話 『ボストンバック一つ分の思い出』 お・す・ま・ひ
それは・・・
ボストンバックたった一つ分の・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・思い出だった。
ホンのチョッとしたすれ違で別れを決心した女が、男の留守中、男に内緒で荷物をまとめていた。
不必要な物はゴミとして出した。
そして残ったのがやや大き目のボストンバックたったの一つに収まっていた。
「・・・」
女は無言で、目の前にあるそのボストンバックをボンヤリと眺めていた。
心の中に男との思い出が走馬灯のように駆け巡っていたからだ。
初めての出会いからその日までの思い出が、生き生きと、懐かしく。
それがしばらく続き、その後で女が、
「ハァ~」
ため息を吐き、ボソッと独り言を言った。
「たったこれだけだったんだね、アナタとの思い出。 5年も一緒に暮らしていたのに」
そしてテーブルの上に別れの手紙を残し、
(バタン!! カチャ!!)
女は住み慣れたアパートのドアを閉め、鍵を掛けた。
それからユックリとその場から立ち去った。
立ち止まる事無く、振り向く事無く、最後に小声でこう言い残して。
「さ、よ、な、ら」
と一言。
男と女。
この状況で先に離れたのは女の方だった。
そぅ。
女が先に男の元を離れたのだ。
それは紛(まご)う事なき事実だった。
だがその時既に、男の心はとっくに女の元を離れていたのだ。
それまで女がそれに気付かなかっただけで。
そして女同様、男の思い出も又・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ボストンバックたったの一つ分だった。。。
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第7話 『ボストンバック一つ分の思い出』 お・す・ま・ひ
“男と女” 第6話 『屐歯(ゲキシ:下駄の歯)の折(お)るるを覚えず』
2017-07-15
第6話 『屐歯(ゲキシ:下駄の歯)の折(お)るるを覚えず』
男は・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・躍り上がって喜んでいた。
正に 『屐歯(ゲキシ:下駄の歯)の折(お)るるを覚えず(下駄の歯が折れた事にも気が付かないほどの喜びよう)』 状態だった。
終始。
超ヘブンな顔で走り回って部屋中の壁ドンするや、辺り構わず奇声を上げ、跳ね回り、飛び回り、床の上に寝っ転がり、仰向けになっては背泳ぎ、うつ伏せになってはクロール、といった具合に興奮を全く抑えきれない様子だった。
幸い、家に他の者がいなかったため、家族に知られる事はなかったが、それでも近所中に聞こえるのではないかというぐらいの大騒ぎだった。
だがしかし、
人間、本当にここまで興奮する物だろうか?
「彼女になってくれる?」
「いいよ」
のメールのやり取りだけで。。。
全くもう~。
何と言って良いやら。
ハァ~。
ヤレヤレ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・青春万歳!!
・
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第6話 『屐歯(ゲキシ:下駄の歯)の折(お)るるを覚えず』 お・す・ま・ひ
男は・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・躍り上がって喜んでいた。
正に 『屐歯(ゲキシ:下駄の歯)の折(お)るるを覚えず(下駄の歯が折れた事にも気が付かないほどの喜びよう)』 状態だった。
終始。
超ヘブンな顔で走り回って部屋中の壁ドンするや、辺り構わず奇声を上げ、跳ね回り、飛び回り、床の上に寝っ転がり、仰向けになっては背泳ぎ、うつ伏せになってはクロール、といった具合に興奮を全く抑えきれない様子だった。
幸い、家に他の者がいなかったため、家族に知られる事はなかったが、それでも近所中に聞こえるのではないかというぐらいの大騒ぎだった。
だがしかし、
人間、本当にここまで興奮する物だろうか?
「彼女になってくれる?」
「いいよ」
のメールのやり取りだけで。。。
全くもう~。
何と言って良いやら。
ハァ~。
ヤレヤレ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・青春万歳!!
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第6話 『屐歯(ゲキシ:下駄の歯)の折(お)るるを覚えず』 お・す・ま・ひ
“男と女” 第5話 『夕焼け』
2017-07-15
第5話 『夕焼け』
その夕焼けは・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・とても美しかった。
だが、
その夕焼けをジッと見つめている女の瞳に映し出されているその夕焼けは、もっと美しかった。
男は黙って女の瞳に映るその美しい夕焼けを見つめていた。
男は感じていたのだ。
今のこの一瞬は永遠ではないという事を。
そして同時に知っていた。
今のこの幸せがいつまでも続かないという事を。
『時は過ぎ行くが故に貴く、人は老いるが故に一瞬一瞬を大切に生きる』
男と女。
まだ新婚ほやほや、1週間。
その住み始めたばかりの新居での出来事。
京都にある二人のマンションから見える山肌に、たった今、見る者をクギ付けにし、
『ハッ!?』
と息をのむほどに美しい夕焼けが立ち込めたのだ。
瞬間、
それに気付いた女が男を促(うなが)し、素早く窓を開け、ベランダに飛び出すように出て、ベランダの手すりに両肘をつき、上腕を組んだ格好で少し身を乗り出し、その眩いばかりの光景に息を殺してジッと見入っていた。
ホンのチョッとだけ背伸びをした左足の踵(かかと)に右足甲を乗せるようにして。
男はその美しい夕焼けを残そうと、デジタルカメラを用意して女の横で何枚か写真を撮った。
そしてカメラを下ろし、声を掛けようと女を見た時、女の瞳にその映し出された夕焼けを見つけたのだった。
だが、
『 Why?』
ナゼだか分からないが、不意に男は言葉にしようのない不安感に襲われた。
幸せの絶頂にいるはずなのに。
これ以上ないほど幸福なはずなのに。
ナゼかはわからないが、見えない不安感にその身を包まれたのだ。
その不安感を振り払うため、男はそれ以上女を見つめているのを止めた。
そして夕日に目を向けた。
やはり夕日は美しかった。
その美しさの前に、それまで感じていた奇妙な不安感も直ぐに消え去った。
どのくらい見つめていただろうか?
やがて夕焼けはただの茜色(あかねいろ)の空の輝きに変わってしまった。
それまでのあの
『ハッ!?』
っと息をのむほどの美しさは一体どこに行ってしまったのだろうか?
それはその変化を見て取った者、その誰しもが間違いなくそう思ったはずだ。
夕焼けはその明るさや色合いに殆(ほとん)ど違いはないはずなのに、一瞬にしてそれまで湛(たた)えていた輝きを失ってしまったのだ。
「ハァ~」
男は無意識にため息を吐いていた。
今度は、何とも言えない虚しさがこみ上げて来たのだ。
先ほど感じた不安感とは別の、何とも言えない虚しさが。
もしかすると・・・
ホンの一時、夕焼けは男をセンチな詩人に変えていたのかもしれない。
ウム。
きっとそうだ!?
男はセンチな詩人に変えられていたのだ!?
間違いなくそうだ!?
そしてそのセンチな詩人に変えられた男がユックリと体を起こし、女に目を向けた時、女はその色あせた夕焼けを映している男の目をジッと見つめていた。
女と目が合った瞬間、
『え!?』
声なき声を出し、男はチョッと驚いた。
それは男の目を見つめている女の目に、薄っすらと涙が湛えられていたからだった。
そぅ。
その時、その見る者誰しもの目をクギ付けにしてしまうであろう夕焼けは、男のみならず女も又・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・詩人に変えていたのである。
・
・
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第5話 『夕焼け』 お・す・ま・ひ
その夕焼けは・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・とても美しかった。
だが、
その夕焼けをジッと見つめている女の瞳に映し出されているその夕焼けは、もっと美しかった。
男は黙って女の瞳に映るその美しい夕焼けを見つめていた。
男は感じていたのだ。
今のこの一瞬は永遠ではないという事を。
そして同時に知っていた。
今のこの幸せがいつまでも続かないという事を。
『時は過ぎ行くが故に貴く、人は老いるが故に一瞬一瞬を大切に生きる』
男と女。
まだ新婚ほやほや、1週間。
その住み始めたばかりの新居での出来事。
京都にある二人のマンションから見える山肌に、たった今、見る者をクギ付けにし、
『ハッ!?』
と息をのむほどに美しい夕焼けが立ち込めたのだ。
瞬間、
それに気付いた女が男を促(うなが)し、素早く窓を開け、ベランダに飛び出すように出て、ベランダの手すりに両肘をつき、上腕を組んだ格好で少し身を乗り出し、その眩いばかりの光景に息を殺してジッと見入っていた。
ホンのチョッとだけ背伸びをした左足の踵(かかと)に右足甲を乗せるようにして。
男はその美しい夕焼けを残そうと、デジタルカメラを用意して女の横で何枚か写真を撮った。
そしてカメラを下ろし、声を掛けようと女を見た時、女の瞳にその映し出された夕焼けを見つけたのだった。
だが、
『 Why?』
ナゼだか分からないが、不意に男は言葉にしようのない不安感に襲われた。
幸せの絶頂にいるはずなのに。
これ以上ないほど幸福なはずなのに。
ナゼかはわからないが、見えない不安感にその身を包まれたのだ。
その不安感を振り払うため、男はそれ以上女を見つめているのを止めた。
そして夕日に目を向けた。
やはり夕日は美しかった。
その美しさの前に、それまで感じていた奇妙な不安感も直ぐに消え去った。
どのくらい見つめていただろうか?
やがて夕焼けはただの茜色(あかねいろ)の空の輝きに変わってしまった。
それまでのあの
『ハッ!?』
っと息をのむほどの美しさは一体どこに行ってしまったのだろうか?
それはその変化を見て取った者、その誰しもが間違いなくそう思ったはずだ。
夕焼けはその明るさや色合いに殆(ほとん)ど違いはないはずなのに、一瞬にしてそれまで湛(たた)えていた輝きを失ってしまったのだ。
「ハァ~」
男は無意識にため息を吐いていた。
今度は、何とも言えない虚しさがこみ上げて来たのだ。
先ほど感じた不安感とは別の、何とも言えない虚しさが。
もしかすると・・・
ホンの一時、夕焼けは男をセンチな詩人に変えていたのかもしれない。
ウム。
きっとそうだ!?
男はセンチな詩人に変えられていたのだ!?
間違いなくそうだ!?
そしてそのセンチな詩人に変えられた男がユックリと体を起こし、女に目を向けた時、女はその色あせた夕焼けを映している男の目をジッと見つめていた。
女と目が合った瞬間、
『え!?』
声なき声を出し、男はチョッと驚いた。
それは男の目を見つめている女の目に、薄っすらと涙が湛えられていたからだった。
そぅ。
その時、その見る者誰しもの目をクギ付けにしてしまうであろう夕焼けは、男のみならず女も又・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・詩人に変えていたのである。
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第5話 『夕焼け』 お・す・ま・ひ
“男と女” 第4話 『特別な日』
2017-07-14
第4話 『特別な日』
『ハッ!?』
男は焦った。
入れたはずのポケットに携帯が入っていないのだ。
急いで全てのポケットをチェックした。
スーツ、ワイシャツ、そしてズボンと。
当然、持っていたブリーフケースの中も。
しかし、なかった。
どこにも・・・
女は泣いていた。
一人暮らしの自宅マンションのダイニングテーブルに着き、両手で顔を覆って。
最後に連絡を取り合った二日前、あんなに固く約束したはずだった約束の場所で、男に2時間以上も待ちぼうけを食らわされたからだった。
その約束の場所、それは女の自宅マンションから急行で三駅離れた都心の超高層ビルの最上階にある、二人のお気に入りのレストラン。
そこは18時になると照明を少し落とし、シックなバーのような大人の雰囲気に変わるレストランで、窓から見下ろす夜景がとても美しかった。
女はそこから何度も男に電話を入れた。
だが、
通じなかった。
メッセージが流れるだけだった。
『お客様のお申し出により電波をお止めしております』
という。
こんな事は初めてだった。
人一倍、時間に五月蝿(うるさ)い男が約束の時間に遅れるなんて。
それも2時間以上も。
かつて一度も女より遅く来た事のなかった男がだ。
しかも電話まで止めて。
加えてその日は特別な日だっただけに、男が遅れて来る事など絶対にないと言って良いほどありえない事だった。
その絶対にないと言って良いほどありえない事が起こったのだ。
だから思った。
自分は振られたのだと。
男は空港にいた。
飛行機に乗る予定だった。
でも、男の搭乗予定便にその姿はなかった。
フライト予定時間は疾(と)っくに過ぎているのに。
しかし、それはその男だけではなかった。
搭乗予定者全員だったのだ、そこに姿がなかったのは。
悪天候の影響で、フライト時間が遅れていたからだった。
一度は、その便のみならず全便の運行中止さえ検討された。
が、
今は様子見状態。
天候の回復が見込まれたからだ。
男は後悔していた。
女の電話番号を自分で覚えず、携帯に覚えさせていた事を。
否、
始めは確かに覚えていた・・・はずだった。
しかし・・・しかし、いつの間にか忘れてしまっていた。
3年間、その番号を一度も自分でプッシュしなかったために。
いつも携帯任せにしていて。
女は一泣きして、少し落ち着いた。
顔を上げ、壁掛け時計を見た。
9時チョッと前だった。
勿論、午後の。
それからバッグの中から携帯を取り出した。
もう一度、男に電話をするために。
その携帯は iPhone だった。
女は少しの間、それのディスプレイを見つめていた。
なかなか決心がつかないのだ、最後の電話を入れる。
何度かボタンをプッシュし掛けては躊躇(ためら)っていた。
しかし、終に覚悟を決めた。
そして記憶させている男の番号を呼び出した。
だが、
『・・・』
同じだった。
通じない。
先ほどと同じメッセージが流れるだけだった。
「カチッ!!」
女は諦めて携帯を切った。
「ハァ~」
そして溜め息を付いた。
それから立ち上がり、服を脱ぎ始めた。
シャワーを浴びようと思ったのだ。
熱いシャワーを・・・
真夏なのに。
女は洗い流すつもりだった。
熱いシャワーで・・・男との思い出を。
その所為(せい)だろうか?
バスルームからなかなか出てこなかった。
それも30分以上も。
短い時間では、とてもそれまでの男との思い出を洗い流せなかったのだ。
・・・・・・。
否、違う。
本当は、洗い流したくはなかったのだ。
女はまだ心のどこかで男を信じていた。
そうだ!?
信じていたのだ、男を・・・まだ。
じかに別れの言葉を告げられた訳ではなかったのだから。
女が全身裸のまま、バスタオルで髪を拭き拭きダイニングキッチンに戻って来た。
テレビのスイッチを入れた。
ニュースをやっていた。
裸のままテーブルに着いた。
髪を拭きながら何も考えず、ボンヤリとテレビを見ていた。
髪を拭く手には真っ赤なマニキュア以外、何もつけてはいなかった。
突然、
『ハッ!?』
として女が立ち上がった。
そして食い入るようにテレビの画面を見つめた。
画面には、悪天候の影響で旅客機の運行が大幅に遅延しているというテロップが流れていた。
女は知っていたのだ、男がその日、旅客機で出張先から帰って来る事を。
3ヵ月の長期出張を終えてその日、旅客機で帰って来る事を。
そしてその足で待ち合わせ場所に来るつもりにしていた事を。
立ち上がった弾みで、
「パサッ!!」
僅(わず)かに音を立ててバスタオルが床に落ちた。
その時・・・
「ピンポーン!!」
ドアホンのチャイムがなった。
女がドアホンに出た。
バイク便だった。
印鑑を取り出し、ガウンを羽織って裸の体を隠し、小包を受け取った。
男からだった。
男は4時間遅れで空港に着くと、先ず公衆電話から予約していたレストランに電話を入れ、女が既に帰った事を知るとすぐに空港近くのバイク便を手配したのだ。
会った時に手渡すつもりだったある物を女に送るために。
バイク便は受付時間外だったが、運良く数人の配達人がまだ集配センターに残っていたため、頼み込んでその内の一人に送ってもらう事が出来た。
そしてその後をタクシーで追った。
男は女の電話番号は忘れていたけれども、住所は覚えていたのだ。
というより、女の住んでいるマンション名とその所在地だけはハッキリと・・・
勿論、部屋番号も。
女は急いで受け取った小包を開けた。
中から一通の手紙と奇麗に包装された小箱が出て来た。
その小箱は黄色いリボンで結ばれていた。
女は急いで封を切り手紙を読んだ。
それから小箱を開けるとすぐ、火照った体を冷やしたかったのだろう、ガウン姿のままベランダに出た。
暫(しば)らくベランダにいてから再び、ダイニングキッチンの中に入って来た。
ガウンを脱ぎ、下着を着け、一番お気に入りの服を着た。
最後にブラウスのボタンを閉め終えた時、再びドアホンのチャイムが鳴った。
女は今度はドアホンには出なかった。
かわりに真っすぐドア向かった。
「カチャッ!!」
錠を開(あ)け、ドアを開(ひら)いた。
男が立っていた。
花束を手にしていた。
それはバラの花束だった。
品種はブルーバード。
そしてバラの花言葉・・・
それは・・・
『あなたを愛します』
男が玄関の中に入り、ドアを閉めるとすぐ、女が男に抱き付いた。
男も女を抱きしめた。
女の顎が男の左肩の上に乗っている。
女は目を瞑(つぶ)り、声を立てずに泣いていた。
大粒の涙が一滴(ひとしずく)、女の頬を流れ落ちた。
それが女の左手薬指の上に掛かった。
いつの間にかはめられていた指輪の上に。
女のその涙は、いつの間にかはめられていた左手薬指の指輪の上に掛かったのだ。
男は瞑っていた目を明けた。
女の体に手を回したまま、視線をダイニングテーブルに向けた。
特に理由はなかった。
ただ何となく目がそこに向いたのだ。
そのテーブルの上には、包装紙を解かれた小箱が乗っていた。
その横には、女の読み終えた手紙もそのまま広げられていた。
その手紙の文面は、
『誕生日おめでとう』
から始まり、
『遅れてゴメン』
で結んであった。
そぅ・・・
その日は女の誕生日だったのだ。
だが、
それだけではなかった。
その日は女にとって、特別な日でもあった。
儀式を重んじるその女にとって・・・その日は。
女は自分の誕生日というその節目の日に、あるセレモニーを望んでいたのだ。
男が女にプロポーズをするという・・・セレモニーを。
そして女の左手薬指にその答えがあった。
再び目を瞑り、男が女を抱く手に力を込めた。
女も又、男の背中に回している手に力を込めた。
その時・・・
「ピューーー!!」
外で一陣の風が舞った。
その風がベランダのフェンスに結んであったリボンの端っこを舞い上げた。
そのリボンの色は黄色だった。
それは先ほど女が火照った体を冷やしにベランダに出た時、そのフェンスに結んだリボンだった。
天井に取り付けられているライトの淡い照明が、男の顔と女の顔のシルエットを床に映し出していた。
その二つのシルエットが静かに重なった。
勿論、ライトはテーブルの上も照らしている。
当然、その上に乗っている手紙も。
良く見ると、その手紙にはこうも書かれてあった。
『・・・。 OK してくれるならベランダのフェンスに同梱(どうこん)の小箱のリボンを結んで置いて欲しい。 そして指輪は君の左手薬指に・・・』
・・・と。
・
・
・
・
・
第4話 『特別な日』 お・す・ま・ひ
『ハッ!?』
男は焦った。
入れたはずのポケットに携帯が入っていないのだ。
急いで全てのポケットをチェックした。
スーツ、ワイシャツ、そしてズボンと。
当然、持っていたブリーフケースの中も。
しかし、なかった。
どこにも・・・
女は泣いていた。
一人暮らしの自宅マンションのダイニングテーブルに着き、両手で顔を覆って。
最後に連絡を取り合った二日前、あんなに固く約束したはずだった約束の場所で、男に2時間以上も待ちぼうけを食らわされたからだった。
その約束の場所、それは女の自宅マンションから急行で三駅離れた都心の超高層ビルの最上階にある、二人のお気に入りのレストラン。
そこは18時になると照明を少し落とし、シックなバーのような大人の雰囲気に変わるレストランで、窓から見下ろす夜景がとても美しかった。
女はそこから何度も男に電話を入れた。
だが、
通じなかった。
メッセージが流れるだけだった。
『お客様のお申し出により電波をお止めしております』
という。
こんな事は初めてだった。
人一倍、時間に五月蝿(うるさ)い男が約束の時間に遅れるなんて。
それも2時間以上も。
かつて一度も女より遅く来た事のなかった男がだ。
しかも電話まで止めて。
加えてその日は特別な日だっただけに、男が遅れて来る事など絶対にないと言って良いほどありえない事だった。
その絶対にないと言って良いほどありえない事が起こったのだ。
だから思った。
自分は振られたのだと。
男は空港にいた。
飛行機に乗る予定だった。
でも、男の搭乗予定便にその姿はなかった。
フライト予定時間は疾(と)っくに過ぎているのに。
しかし、それはその男だけではなかった。
搭乗予定者全員だったのだ、そこに姿がなかったのは。
悪天候の影響で、フライト時間が遅れていたからだった。
一度は、その便のみならず全便の運行中止さえ検討された。
が、
今は様子見状態。
天候の回復が見込まれたからだ。
男は後悔していた。
女の電話番号を自分で覚えず、携帯に覚えさせていた事を。
否、
始めは確かに覚えていた・・・はずだった。
しかし・・・しかし、いつの間にか忘れてしまっていた。
3年間、その番号を一度も自分でプッシュしなかったために。
いつも携帯任せにしていて。
女は一泣きして、少し落ち着いた。
顔を上げ、壁掛け時計を見た。
9時チョッと前だった。
勿論、午後の。
それからバッグの中から携帯を取り出した。
もう一度、男に電話をするために。
その携帯は iPhone だった。
女は少しの間、それのディスプレイを見つめていた。
なかなか決心がつかないのだ、最後の電話を入れる。
何度かボタンをプッシュし掛けては躊躇(ためら)っていた。
しかし、終に覚悟を決めた。
そして記憶させている男の番号を呼び出した。
だが、
『・・・』
同じだった。
通じない。
先ほどと同じメッセージが流れるだけだった。
「カチッ!!」
女は諦めて携帯を切った。
「ハァ~」
そして溜め息を付いた。
それから立ち上がり、服を脱ぎ始めた。
シャワーを浴びようと思ったのだ。
熱いシャワーを・・・
真夏なのに。
女は洗い流すつもりだった。
熱いシャワーで・・・男との思い出を。
その所為(せい)だろうか?
バスルームからなかなか出てこなかった。
それも30分以上も。
短い時間では、とてもそれまでの男との思い出を洗い流せなかったのだ。
・・・・・・。
否、違う。
本当は、洗い流したくはなかったのだ。
女はまだ心のどこかで男を信じていた。
そうだ!?
信じていたのだ、男を・・・まだ。
じかに別れの言葉を告げられた訳ではなかったのだから。
女が全身裸のまま、バスタオルで髪を拭き拭きダイニングキッチンに戻って来た。
テレビのスイッチを入れた。
ニュースをやっていた。
裸のままテーブルに着いた。
髪を拭きながら何も考えず、ボンヤリとテレビを見ていた。
髪を拭く手には真っ赤なマニキュア以外、何もつけてはいなかった。
突然、
『ハッ!?』
として女が立ち上がった。
そして食い入るようにテレビの画面を見つめた。
画面には、悪天候の影響で旅客機の運行が大幅に遅延しているというテロップが流れていた。
女は知っていたのだ、男がその日、旅客機で出張先から帰って来る事を。
3ヵ月の長期出張を終えてその日、旅客機で帰って来る事を。
そしてその足で待ち合わせ場所に来るつもりにしていた事を。
立ち上がった弾みで、
「パサッ!!」
僅(わず)かに音を立ててバスタオルが床に落ちた。
その時・・・
「ピンポーン!!」
ドアホンのチャイムがなった。
女がドアホンに出た。
バイク便だった。
印鑑を取り出し、ガウンを羽織って裸の体を隠し、小包を受け取った。
男からだった。
男は4時間遅れで空港に着くと、先ず公衆電話から予約していたレストランに電話を入れ、女が既に帰った事を知るとすぐに空港近くのバイク便を手配したのだ。
会った時に手渡すつもりだったある物を女に送るために。
バイク便は受付時間外だったが、運良く数人の配達人がまだ集配センターに残っていたため、頼み込んでその内の一人に送ってもらう事が出来た。
そしてその後をタクシーで追った。
男は女の電話番号は忘れていたけれども、住所は覚えていたのだ。
というより、女の住んでいるマンション名とその所在地だけはハッキリと・・・
勿論、部屋番号も。
女は急いで受け取った小包を開けた。
中から一通の手紙と奇麗に包装された小箱が出て来た。
その小箱は黄色いリボンで結ばれていた。
女は急いで封を切り手紙を読んだ。
それから小箱を開けるとすぐ、火照った体を冷やしたかったのだろう、ガウン姿のままベランダに出た。
暫(しば)らくベランダにいてから再び、ダイニングキッチンの中に入って来た。
ガウンを脱ぎ、下着を着け、一番お気に入りの服を着た。
最後にブラウスのボタンを閉め終えた時、再びドアホンのチャイムが鳴った。
女は今度はドアホンには出なかった。
かわりに真っすぐドア向かった。
「カチャッ!!」
錠を開(あ)け、ドアを開(ひら)いた。
男が立っていた。
花束を手にしていた。
それはバラの花束だった。
品種はブルーバード。
そしてバラの花言葉・・・
それは・・・
『あなたを愛します』
男が玄関の中に入り、ドアを閉めるとすぐ、女が男に抱き付いた。
男も女を抱きしめた。
女の顎が男の左肩の上に乗っている。
女は目を瞑(つぶ)り、声を立てずに泣いていた。
大粒の涙が一滴(ひとしずく)、女の頬を流れ落ちた。
それが女の左手薬指の上に掛かった。
いつの間にかはめられていた指輪の上に。
女のその涙は、いつの間にかはめられていた左手薬指の指輪の上に掛かったのだ。
男は瞑っていた目を明けた。
女の体に手を回したまま、視線をダイニングテーブルに向けた。
特に理由はなかった。
ただ何となく目がそこに向いたのだ。
そのテーブルの上には、包装紙を解かれた小箱が乗っていた。
その横には、女の読み終えた手紙もそのまま広げられていた。
その手紙の文面は、
『誕生日おめでとう』
から始まり、
『遅れてゴメン』
で結んであった。
そぅ・・・
その日は女の誕生日だったのだ。
だが、
それだけではなかった。
その日は女にとって、特別な日でもあった。
儀式を重んじるその女にとって・・・その日は。
女は自分の誕生日というその節目の日に、あるセレモニーを望んでいたのだ。
男が女にプロポーズをするという・・・セレモニーを。
そして女の左手薬指にその答えがあった。
再び目を瞑り、男が女を抱く手に力を込めた。
女も又、男の背中に回している手に力を込めた。
その時・・・
「ピューーー!!」
外で一陣の風が舞った。
その風がベランダのフェンスに結んであったリボンの端っこを舞い上げた。
そのリボンの色は黄色だった。
それは先ほど女が火照った体を冷やしにベランダに出た時、そのフェンスに結んだリボンだった。
天井に取り付けられているライトの淡い照明が、男の顔と女の顔のシルエットを床に映し出していた。
その二つのシルエットが静かに重なった。
勿論、ライトはテーブルの上も照らしている。
当然、その上に乗っている手紙も。
良く見ると、その手紙にはこうも書かれてあった。
『・・・。 OK してくれるならベランダのフェンスに同梱(どうこん)の小箱のリボンを結んで置いて欲しい。 そして指輪は君の左手薬指に・・・』
・・・と。
・
・
・
・
・
第4話 『特別な日』 お・す・ま・ひ
“男と女” 第3話 『雨』
2017-07-14
第3話 『雨』
女は・・・愕然としていた。
ある事に気が付いて。
女は見つめていたのだ、ある物を。
そして、その視線の先にあった物。
それは・・・男だった。
昔、愛していた。
昔、確かに愛していた男だったのだ、その視線の先にあった物は。
そぅ・・・
女は見つめていたのだ偶然見掛けた、昔愛していた男を、会社帰りの電車の中で。
その男に気付かれないように、慌(あわ)てて移った一つ隣の車両から。
(ガタン、ゴトン。 ガタン、ゴトン。 ガタン、ゴトン。 ・・・)
電車は揺れていた、大きな音を立てて。
やがて少し減速した、緩やかなカーブに差し掛かったために。
立てている音のボリュームもそれに連れて少し下がった。
それでもまだ、五月蝿(うるさ)い事に変わりはなかった。
しかし、男を見つめる女の瞳は静かだった。
静かに男に向けられていた。
女は思い出していたのだ、昔の出来事を。
自分がまだ少女だった頃の出来事を。
ジッと男を見つめながら。
少女は愛していた・・一人の少年を・・心から。
その少女は美しかった。
誰もが認める美少女だった。
年は成ったばかりの16才。
高校一年生。
愛されていたその少年は二つ年上の高校三年生。
勿論、同じ高校の。
それはその年の春、少女が高校に入学してまだ日の浅いある朝の出来事だった。
少女は初めて遅刻をした。
昇降口で靴を上履きに履き替え、急いで教室を目指していた。
その前を一人の少年が急ぎ足で歩いていた。
彼も又、遅刻をしたのだ、少女同様。
しかし、彼にはそれがいつもの事だった。
少女と違いその少年は遅刻の常習犯だった。
だからと言って、別に不良という訳ではなかった。
ただ、性格が少しルーズなだけだった。
何も考える事なく、少女は少年を追い越そうとした。
だがその瞬間・・・
(クルッ!!)
突然、少年が振り返った。
背後から自分を追い抜きに掛かった少女の気配を感じ取ったからだった。
ホンの一瞬ではあったが、少年が少女の目をジッと見つめた。
否、
覗き込んだ・・・覗き込んでいた。
少年のその瞳は澄んでいた。
一点の穢れも感じさせぬほど清らかだった。
決してハンサムでもなければ、カッコ良くもなかった。
しかし、少女にはその少年が誰よりも素敵に思えた。
そぅ・・・
少女は、一瞬にしてその少年に心を奪われたのだ。
だが・・・
それは少年も同じだった。
少年も又、その少女の美しさに強く心を惹(ひ)かれたのだ・・・たった一目見たその時に。
その瞬間・・愛が生まれ・・それが育ち・・やがて倦怠期・・そして終わった。
それが今から丁度、4年前の事だった。
女は静かに目を瞑(つむ)った。
耐えられなかったのだ、その時感じていた息苦しさに。
思い出という名の重圧感に。
そして気付いた。
まだその男を愛している事に。
再び、女は目を明けた。
その瞳はホンのわずかではあったが涙が滲んでいた。
殆(ほとん)ど気付かれない程わずかではあったが・・・確かに。
もう一度、女は男を見た。
そして思った。
これから自分が帰って行く人の事を。
今、自分を待っている人の事を。
そんな事を思いながら男を見つめていた。
すると、
『きっと、あの人にも・・・』
ふと、そんな思いが心の中をよぎった。
その時、
(ガクン!!)
軽く一揺れして電車が止まった。
駅に着いたのだ。
女が降りる駅に。
ソッと女が立ち上がった。
男にその存在を気付かれないように注意しながら。
そのまま降りる客達の流れに紛(まぎ)れ、女は電車を降りる直前、チラッと男に一瞥(いちべつ)をくれた。
男は女に全く気付いてはいなかった。
否、
気付いてはいないようだった。
それを確認してから、静かに女は電車を降りた。
目の前には改札口があった。
その外は雨が降っていた。
朝、家を出る時は降ってはいなかった雨が、今は降っていた。
女はユックリと改札口を目指した。
後に残す男の事を考えながら。
女はホントは振り返りたかった。
男の顔を見たかったのだ、もう一度。
もう一度だけ・・・でも。
しかし、
振り返らなかった。
その場の状況がそれを許さなかったのだ。
改札口にその女を待つ人影があったからだった。
それは、その女の同棲中のフィアンセで女を迎えに来ていたのだ、傘を持って。
降っている雨が傘なしでは歩けないぐらい酷かったからだった。
女がフィアンセに気付き、右手を振って合図を送った、ニッコリと微笑んで。
フィアンセもニコニコしながら傘を高々と上げてそれに応えた。
女はその目を見つめながら、小走りでフィアンセに近付いた。
懐から定期券を取り出し、挿入口に入れようとした。
その瞬間・・・
(クルッ!!)
女が振り返った。
(ガチャン!!)
電車のドアが閉まったからだ。
今、降りたばかりの電車のドアが。
やはり、女は男が気になっていたのだ。
そして・・・
(ガタン、ゴトン。 ガタン、ゴトン。 ガタン、ゴトン。 ・・・)
ユックリと電車が走り出した。
わずかな時間だったが、その窓を通して先程同様、座席に腰掛けている男の顔が見えた。
こちらを向いていた。
でも、女に全く気付く事なく、ジッと前を見ていた。
自分の前に座っている人を見ているようだった。
そのまま電車が走り去った。
女も改札口を出ていた。
その手には、差し出された傘をそのまま広げずに持っていた。
女は何も言わずにフィアンセの右腕にもたれ掛かっていた。
罪の意識からか?
それとも無意識にか?
あるいは、単にそうしたかったからか?
女は相合傘を選んでいた。
フィアンセが右腕を女の肩に回し、グッと抱きしめた。
女もフィアンセに体を預けた。
二人は何も言わず、そのまま雨の中に消えて行った。
一方・・・
男はジッと前を見つめていた、瞬き一つせずに。
シートに座ったまま、微動だにしない。
その視線の先には・・女がいた・・とても美しい。
その女は目を瞑(つぶ)っていた。
眠っているようだった。
男は思い出していた。
その時から丁度3年前の出来事を。
それまで付き合っていた女の事を。
1年間付き合って、3年前に別れた女の事を。
かつてその男には本気で愛した女がいた。
その女は美しく、気高く、そして誰よりもエレガントだった。
それが何と言う運命のいたずら?
今、目の前で静かに眠っているのだ、その女が。
それも全く、自分に気付く事なく。
『先に乗ってたんだ!?』
男はそう思った。
自分が座った時には既に反対側に座り、目を瞑り、眠っていたからだった。
そのまま男は思い出に浸りながら、目の前の女を見つめていた。
やがて男が立ち上がった。
電車が止まったからだった。
自分が降りる駅で。
降りなければならない駅で。
その駅は・・先ほどの女の・・4年前に別れた女の降りた次の急行停車駅だった。
男は電車を降りた。
ユックリと改札口を目指した。
だが、
不意に男が立ち止まった。
(ガチャン!!)
ドアが閉まったからだった。
今、降りたばかりの電車のドアが。
後ろ髪を引かれる思いでたった今、降りたばかりの電車のドアが。
男は振り返りたかった、もう一度。
そして女を見たかった。
しかし、振り返らなかった。
代わりに、何かを否定するかのように首を静かに左右に振りながら、
「フッ」
溜め息を付いた。
見るのを諦めたのだ・・・女を見るのを。
その時、
(パーーーン!!)
電車の出発の合図がプラットホーム中に響き渡った。
(ガクン!!)
一揺れした。
(ガタン、ゴトン。 ガタン、ゴトン。 ガタン、ゴトン。 ・・・)
ユックリと走り出し、徐々に加速し始めた。
再び男が歩き出した、改札口目指して。
そして振り返る事なく、そのまま歩き続けた。
外の雨は相変わらずだった。
激しく降り続いている。
しかし、男は歩き続けた。
傘も差さずに、一歩一歩確実に、確かな足取りで。
自分を待つ人の下へと。
ずぶ濡れになりながら、一点をジッと見つめたまま、何かを考えながら。
きっと、思い出に浸っているのだろう。
たった今、目の前にいた女との。
懐かしさのあまりか?
それとも、単にそうしたかっただけなのだろうか?
あるいは、その雨に全てを洗い清めてもらう積もりででもいたのか?
男はずぶ濡れになる事を全く厭(いと)わなかった。
同じ歩調で歩き続けていた、自分を待っている人の下へと。
一心に何かを思いながら。
・・・
まだ、
雨は振り続いている。
止む気配など、全く見せずに・・・
男と女の上に・・・
今もなお・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・強く。。。
・
・
・
・
・
第3話 『雨』 お・す・ま・ひ
女は・・・愕然としていた。
ある事に気が付いて。
女は見つめていたのだ、ある物を。
そして、その視線の先にあった物。
それは・・・男だった。
昔、愛していた。
昔、確かに愛していた男だったのだ、その視線の先にあった物は。
そぅ・・・
女は見つめていたのだ偶然見掛けた、昔愛していた男を、会社帰りの電車の中で。
その男に気付かれないように、慌(あわ)てて移った一つ隣の車両から。
(ガタン、ゴトン。 ガタン、ゴトン。 ガタン、ゴトン。 ・・・)
電車は揺れていた、大きな音を立てて。
やがて少し減速した、緩やかなカーブに差し掛かったために。
立てている音のボリュームもそれに連れて少し下がった。
それでもまだ、五月蝿(うるさ)い事に変わりはなかった。
しかし、男を見つめる女の瞳は静かだった。
静かに男に向けられていた。
女は思い出していたのだ、昔の出来事を。
自分がまだ少女だった頃の出来事を。
ジッと男を見つめながら。
少女は愛していた・・一人の少年を・・心から。
その少女は美しかった。
誰もが認める美少女だった。
年は成ったばかりの16才。
高校一年生。
愛されていたその少年は二つ年上の高校三年生。
勿論、同じ高校の。
それはその年の春、少女が高校に入学してまだ日の浅いある朝の出来事だった。
少女は初めて遅刻をした。
昇降口で靴を上履きに履き替え、急いで教室を目指していた。
その前を一人の少年が急ぎ足で歩いていた。
彼も又、遅刻をしたのだ、少女同様。
しかし、彼にはそれがいつもの事だった。
少女と違いその少年は遅刻の常習犯だった。
だからと言って、別に不良という訳ではなかった。
ただ、性格が少しルーズなだけだった。
何も考える事なく、少女は少年を追い越そうとした。
だがその瞬間・・・
(クルッ!!)
突然、少年が振り返った。
背後から自分を追い抜きに掛かった少女の気配を感じ取ったからだった。
ホンの一瞬ではあったが、少年が少女の目をジッと見つめた。
否、
覗き込んだ・・・覗き込んでいた。
少年のその瞳は澄んでいた。
一点の穢れも感じさせぬほど清らかだった。
決してハンサムでもなければ、カッコ良くもなかった。
しかし、少女にはその少年が誰よりも素敵に思えた。
そぅ・・・
少女は、一瞬にしてその少年に心を奪われたのだ。
だが・・・
それは少年も同じだった。
少年も又、その少女の美しさに強く心を惹(ひ)かれたのだ・・・たった一目見たその時に。
その瞬間・・愛が生まれ・・それが育ち・・やがて倦怠期・・そして終わった。
それが今から丁度、4年前の事だった。
女は静かに目を瞑(つむ)った。
耐えられなかったのだ、その時感じていた息苦しさに。
思い出という名の重圧感に。
そして気付いた。
まだその男を愛している事に。
再び、女は目を明けた。
その瞳はホンのわずかではあったが涙が滲んでいた。
殆(ほとん)ど気付かれない程わずかではあったが・・・確かに。
もう一度、女は男を見た。
そして思った。
これから自分が帰って行く人の事を。
今、自分を待っている人の事を。
そんな事を思いながら男を見つめていた。
すると、
『きっと、あの人にも・・・』
ふと、そんな思いが心の中をよぎった。
その時、
(ガクン!!)
軽く一揺れして電車が止まった。
駅に着いたのだ。
女が降りる駅に。
ソッと女が立ち上がった。
男にその存在を気付かれないように注意しながら。
そのまま降りる客達の流れに紛(まぎ)れ、女は電車を降りる直前、チラッと男に一瞥(いちべつ)をくれた。
男は女に全く気付いてはいなかった。
否、
気付いてはいないようだった。
それを確認してから、静かに女は電車を降りた。
目の前には改札口があった。
その外は雨が降っていた。
朝、家を出る時は降ってはいなかった雨が、今は降っていた。
女はユックリと改札口を目指した。
後に残す男の事を考えながら。
女はホントは振り返りたかった。
男の顔を見たかったのだ、もう一度。
もう一度だけ・・・でも。
しかし、
振り返らなかった。
その場の状況がそれを許さなかったのだ。
改札口にその女を待つ人影があったからだった。
それは、その女の同棲中のフィアンセで女を迎えに来ていたのだ、傘を持って。
降っている雨が傘なしでは歩けないぐらい酷かったからだった。
女がフィアンセに気付き、右手を振って合図を送った、ニッコリと微笑んで。
フィアンセもニコニコしながら傘を高々と上げてそれに応えた。
女はその目を見つめながら、小走りでフィアンセに近付いた。
懐から定期券を取り出し、挿入口に入れようとした。
その瞬間・・・
(クルッ!!)
女が振り返った。
(ガチャン!!)
電車のドアが閉まったからだ。
今、降りたばかりの電車のドアが。
やはり、女は男が気になっていたのだ。
そして・・・
(ガタン、ゴトン。 ガタン、ゴトン。 ガタン、ゴトン。 ・・・)
ユックリと電車が走り出した。
わずかな時間だったが、その窓を通して先程同様、座席に腰掛けている男の顔が見えた。
こちらを向いていた。
でも、女に全く気付く事なく、ジッと前を見ていた。
自分の前に座っている人を見ているようだった。
そのまま電車が走り去った。
女も改札口を出ていた。
その手には、差し出された傘をそのまま広げずに持っていた。
女は何も言わずにフィアンセの右腕にもたれ掛かっていた。
罪の意識からか?
それとも無意識にか?
あるいは、単にそうしたかったからか?
女は相合傘を選んでいた。
フィアンセが右腕を女の肩に回し、グッと抱きしめた。
女もフィアンセに体を預けた。
二人は何も言わず、そのまま雨の中に消えて行った。
一方・・・
男はジッと前を見つめていた、瞬き一つせずに。
シートに座ったまま、微動だにしない。
その視線の先には・・女がいた・・とても美しい。
その女は目を瞑(つぶ)っていた。
眠っているようだった。
男は思い出していた。
その時から丁度3年前の出来事を。
それまで付き合っていた女の事を。
1年間付き合って、3年前に別れた女の事を。
かつてその男には本気で愛した女がいた。
その女は美しく、気高く、そして誰よりもエレガントだった。
それが何と言う運命のいたずら?
今、目の前で静かに眠っているのだ、その女が。
それも全く、自分に気付く事なく。
『先に乗ってたんだ!?』
男はそう思った。
自分が座った時には既に反対側に座り、目を瞑り、眠っていたからだった。
そのまま男は思い出に浸りながら、目の前の女を見つめていた。
やがて男が立ち上がった。
電車が止まったからだった。
自分が降りる駅で。
降りなければならない駅で。
その駅は・・先ほどの女の・・4年前に別れた女の降りた次の急行停車駅だった。
男は電車を降りた。
ユックリと改札口を目指した。
だが、
不意に男が立ち止まった。
(ガチャン!!)
ドアが閉まったからだった。
今、降りたばかりの電車のドアが。
後ろ髪を引かれる思いでたった今、降りたばかりの電車のドアが。
男は振り返りたかった、もう一度。
そして女を見たかった。
しかし、振り返らなかった。
代わりに、何かを否定するかのように首を静かに左右に振りながら、
「フッ」
溜め息を付いた。
見るのを諦めたのだ・・・女を見るのを。
その時、
(パーーーン!!)
電車の出発の合図がプラットホーム中に響き渡った。
(ガクン!!)
一揺れした。
(ガタン、ゴトン。 ガタン、ゴトン。 ガタン、ゴトン。 ・・・)
ユックリと走り出し、徐々に加速し始めた。
再び男が歩き出した、改札口目指して。
そして振り返る事なく、そのまま歩き続けた。
外の雨は相変わらずだった。
激しく降り続いている。
しかし、男は歩き続けた。
傘も差さずに、一歩一歩確実に、確かな足取りで。
自分を待つ人の下へと。
ずぶ濡れになりながら、一点をジッと見つめたまま、何かを考えながら。
きっと、思い出に浸っているのだろう。
たった今、目の前にいた女との。
懐かしさのあまりか?
それとも、単にそうしたかっただけなのだろうか?
あるいは、その雨に全てを洗い清めてもらう積もりででもいたのか?
男はずぶ濡れになる事を全く厭(いと)わなかった。
同じ歩調で歩き続けていた、自分を待っている人の下へと。
一心に何かを思いながら。
・・・
まだ、
雨は振り続いている。
止む気配など、全く見せずに・・・
男と女の上に・・・
今もなお・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・強く。。。
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第3話 『雨』 お・す・ま・ひ
“男と女” 第2話 『手紙』
2017-07-14
第2話 『手紙』
男は・・・ラジオを聞いていた。
女は・・・ミニ FM 局のディスクジョッキーだった。
そして毎週月曜日~金曜日の午後1時からの2時間、自分の番組を持っていた。
その番組の中で彼女はリスナーからの手紙やハガキを読んだり、地域の紹介をしていた。
その合間には勿論、音楽を掛けた。
掛ける音楽は全て彼女自身のチョイスだった。
というのもその番組は・・・
来年成人式を迎えるアシスタントの女の娘(こ)。
成人式は去年済ませたミキシング担当の男の子。
そして彼女の3人で放送していたからだった。
その日も又、特に変わった様子はなくいつものようにエンディングを迎えようとしていた。
女がその日最後のリスナーからの便(たよ)りを読み始めた。
それは女性からの物で、内容はその女性が22歳の時から3年間付き合った一つ年上の彼との別れだった。
その便りは、女の一番好きな 『映画/男と女』 のテーマ曲に乗って・・・
二人の運命の出会いから始まり
トキメキの瞬間
熱愛
結婚の約束
いつしか生まれた亀裂
徐々に冷めて行く愛
取り返しの付かない破局
そして立ち去る男
の順に語られた。
いつもと違ったシンミリとしたエンディングに、普段なら聞き流しているリスナー達がその放送に今だけは聞き入っている。
もっともリスナーとは言っても、殆(ほと)んどがその地域商店街の八百屋のオッチャン、総菜屋のオバチャン、魚屋のアニイ、花屋のオネイ達ではあったのだが。
オッチャンやアニイ達はその便り主の女性を想像し、オバチャンやオネイ達は相手の男性を思い描いていた。
女が便りを読み終えた。
やや遅れて BGM もフェードアウトした。
女がその番組に協賛している地元商店街の店の名前を読み上げ始めた。
オッチャンの八百屋、オバチャンの総菜屋、アニイの魚屋、オネイの花屋、・・・、等々が順次紹介された。
その時、たまたま手が空(あ)いていてその放送に聞き耳を立てていたリスナー達は皆、その便りは手紙かハガキによる物だと決め込んでいた。
しかし・・・
女は何も見ずに語っていたのだ、俯(うつむ)き加減で目の前の一点をジッと見つめながら。
代わりに手にしていたのは、うっすらと涙のにじんだハンカチ。
それを知っていたのはアシスタントの女の娘、ミキシングの男の子、それと・・・もう一人。
その3人だけ。
女がその日放送するプログラムを全て読み終えた。
そして最後の挨拶をした。
それを聞き、常連リスナー達は皆、チョッと引っ掛かった。
いつもの、
「では、又、明日」
ではなかったからだ。
代わりに・・・
「サ、 ヨ、 ナ、 ラ」
と・・・
女は言ったのだ。
その言葉を聞き、
「フッ」
男が溜め息をついた。
そしてイヤホンを外し、ラジオのスイッチを切った。
その時、
(ガチャン!!)
男の背後の列車のドアが閉まった。
そぅ・・・
その時男は列車に乗り、その町から旅立とうとしていたのだ。
女を捨てて。
そして・・・
女は別れの言葉を、自分から先に切り出したかったのだ。
何も告げず、遠く離れて行く男に対して。
女は認めたくなかったのだ。
捨てられるのが自分だという事を。
だから・・・
男は何も言わずに女の下を去った。
別れの台詞(せりふ)を・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・女に譲るために。。。
・
・
・
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第2話 『手紙』 お・す・ま・ひ
男は・・・ラジオを聞いていた。
女は・・・ミニ FM 局のディスクジョッキーだった。
そして毎週月曜日~金曜日の午後1時からの2時間、自分の番組を持っていた。
その番組の中で彼女はリスナーからの手紙やハガキを読んだり、地域の紹介をしていた。
その合間には勿論、音楽を掛けた。
掛ける音楽は全て彼女自身のチョイスだった。
というのもその番組は・・・
来年成人式を迎えるアシスタントの女の娘(こ)。
成人式は去年済ませたミキシング担当の男の子。
そして彼女の3人で放送していたからだった。
その日も又、特に変わった様子はなくいつものようにエンディングを迎えようとしていた。
女がその日最後のリスナーからの便(たよ)りを読み始めた。
それは女性からの物で、内容はその女性が22歳の時から3年間付き合った一つ年上の彼との別れだった。
その便りは、女の一番好きな 『映画/男と女』 のテーマ曲に乗って・・・
二人の運命の出会いから始まり
トキメキの瞬間
熱愛
結婚の約束
いつしか生まれた亀裂
徐々に冷めて行く愛
取り返しの付かない破局
そして立ち去る男
の順に語られた。
いつもと違ったシンミリとしたエンディングに、普段なら聞き流しているリスナー達がその放送に今だけは聞き入っている。
もっともリスナーとは言っても、殆(ほと)んどがその地域商店街の八百屋のオッチャン、総菜屋のオバチャン、魚屋のアニイ、花屋のオネイ達ではあったのだが。
オッチャンやアニイ達はその便り主の女性を想像し、オバチャンやオネイ達は相手の男性を思い描いていた。
女が便りを読み終えた。
やや遅れて BGM もフェードアウトした。
女がその番組に協賛している地元商店街の店の名前を読み上げ始めた。
オッチャンの八百屋、オバチャンの総菜屋、アニイの魚屋、オネイの花屋、・・・、等々が順次紹介された。
その時、たまたま手が空(あ)いていてその放送に聞き耳を立てていたリスナー達は皆、その便りは手紙かハガキによる物だと決め込んでいた。
しかし・・・
女は何も見ずに語っていたのだ、俯(うつむ)き加減で目の前の一点をジッと見つめながら。
代わりに手にしていたのは、うっすらと涙のにじんだハンカチ。
それを知っていたのはアシスタントの女の娘、ミキシングの男の子、それと・・・もう一人。
その3人だけ。
女がその日放送するプログラムを全て読み終えた。
そして最後の挨拶をした。
それを聞き、常連リスナー達は皆、チョッと引っ掛かった。
いつもの、
「では、又、明日」
ではなかったからだ。
代わりに・・・
「サ、 ヨ、 ナ、 ラ」
と・・・
女は言ったのだ。
その言葉を聞き、
「フッ」
男が溜め息をついた。
そしてイヤホンを外し、ラジオのスイッチを切った。
その時、
(ガチャン!!)
男の背後の列車のドアが閉まった。
そぅ・・・
その時男は列車に乗り、その町から旅立とうとしていたのだ。
女を捨てて。
そして・・・
女は別れの言葉を、自分から先に切り出したかったのだ。
何も告げず、遠く離れて行く男に対して。
女は認めたくなかったのだ。
捨てられるのが自分だという事を。
だから・・・
男は何も言わずに女の下を去った。
別れの台詞(せりふ)を・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・女に譲るために。。。
・
・
・
・
・
第2話 『手紙』 お・す・ま・ひ
“男と女” 第1話 『ダイアモンド・ダスト』
2017-07-13
これ書いたの数年前のクリスマスの日
だから
こんな感じの前ブリ DEATH ㍲ ・↓・
メリー・クリスマス
で!?
オジャル。。。
読者の皆たま
よって今回は趣を変へ、
短編を一発。。。
コレ↓
第1話 『ダイアモンド・ダスト』
男は・・・女の左手薬指のリングを見た。
女は・・・リングを男が見たのに気が付いた。
そこはパーティ会場だった。
今日、12月24日クリスマス・イブを祝う。
高校時代のクラスメイト達が年に一度集まる慣わしだった。
今年で8回目。
男と女もそのメンバーだった。
そして昔恋人同士だった。
男の実家の倒産が原因で二人は別れなければならなかった。
膨大な借金を抱え、男の一家が逃げるようにして町を離れたからだ。
女は結婚していた。
その男の親友と。
そして3年前の今日、クリスマス・イブの日に死別した。
子供はいなかった。
男はまだ独身だった。
そして3年間我慢した。
親友の未亡人にプロポーズするのを。
しかし今日、男は自らに果した3年の喪が明け、女にプロポーズするため久しぶりに故郷に帰って来ていた。
実家の借金は、一家が力を合わせ、死に物狂いで働き、既に完済していた。
男は女と会うため、パーティに出席した。
そして女と再会した。
親友の葬儀以来の3年ぶりに。
女の左手薬指にはまだ、死んだ親友の名残(なごり)が輝いていた。
それを見て男は躊躇(ためら)った。
何となく後ろめたさを感じたのだ。
3年間、辛抱したにもかかわらず。
気分を変えたかったのだろう。
男は席を立ち、会場の外に出た。
外はとっくに暮れていた。
腕時計を見ると、針は7時丁度を指していた。
男はしばらく遠くの夜空を黙って眺めていた。
透明なまでに空気が済んでいる。
だからか?
星が奇麗だ。
男は胸ポケットからマルボロを取り出し、1本銜(くわ)え、ポケットのライターを探した。
が、
どこにも入っていなかった。
男は吸うのを諦めた。
そして再び黙って夜空を眺めた。
タバコは銜(くわ)えたままで。
突然、
「シュボッ!!」
っという音が、背後から聞こえた。
反射的にその音に反応し、男が振り返ると・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・女が立っていた。
一瞬、二人は見つめ合った。
女は左手に火の点ったマッチの軸を持っていた。
その手を優しく男に差し出した。
男が女に近付いた。
女の左手に目を移し、マッチの火に銜(くわ)えたままのタバコを近付けた。
火が消えないように女がソッと右手を添えた。
男も静かに両手を添えた、口にタバコを銜(くわ)えたまま、女の両手を優しく挟むようにして。
「フゥ~」
男は1回大きく吸い込み、ユックリ煙を吐き出した。
それから、銜(くわ)えたタバコを左手で弾くように地面に投げ落とし、右足で火をもみ消した。
女は黙ったままジッと男の目を見つめていた。
男も女の目を見つめ返した。
マッチの火はもう消えていた。
男を見つめたまま、女はそれをポトリと落とした。
男が、
(スゥ~)
両手を伸ばし、そのまま何も言わずに女を抱き締めた。
女も又、何も言わずに男を抱き返した。
そして時間が止まった。
透き通った空気の中、チラチラ瞬(またた)く星々の光だけが動いていた。
不意にその内の一つがユックリと空から舞い落ちた。
しかしそれは星ではなかった。
小さな小さな氷晶・・氷の結晶・・ダイアモンド・ダストだった。
それはキラキラ輝きながら、男の背中に回された女の左手の上に静かに乗った。
いつの間にかリングが消えていた左手薬指の上に・・・
A Merry Christmas to you...
第1話 『ダイアモンド・ダスト』 お・す・ま・ひ
だから
こんな感じの前ブリ DEATH ㍲ ・↓・
メリー・クリスマス
で!?
オジャル。。。
読者の皆たま
よって今回は趣を変へ、
短編を一発。。。
コレ↓
第1話 『ダイアモンド・ダスト』
男は・・・女の左手薬指のリングを見た。
女は・・・リングを男が見たのに気が付いた。
そこはパーティ会場だった。
今日、12月24日クリスマス・イブを祝う。
高校時代のクラスメイト達が年に一度集まる慣わしだった。
今年で8回目。
男と女もそのメンバーだった。
そして昔恋人同士だった。
男の実家の倒産が原因で二人は別れなければならなかった。
膨大な借金を抱え、男の一家が逃げるようにして町を離れたからだ。
女は結婚していた。
その男の親友と。
そして3年前の今日、クリスマス・イブの日に死別した。
子供はいなかった。
男はまだ独身だった。
そして3年間我慢した。
親友の未亡人にプロポーズするのを。
しかし今日、男は自らに果した3年の喪が明け、女にプロポーズするため久しぶりに故郷に帰って来ていた。
実家の借金は、一家が力を合わせ、死に物狂いで働き、既に完済していた。
男は女と会うため、パーティに出席した。
そして女と再会した。
親友の葬儀以来の3年ぶりに。
女の左手薬指にはまだ、死んだ親友の名残(なごり)が輝いていた。
それを見て男は躊躇(ためら)った。
何となく後ろめたさを感じたのだ。
3年間、辛抱したにもかかわらず。
気分を変えたかったのだろう。
男は席を立ち、会場の外に出た。
外はとっくに暮れていた。
腕時計を見ると、針は7時丁度を指していた。
男はしばらく遠くの夜空を黙って眺めていた。
透明なまでに空気が済んでいる。
だからか?
星が奇麗だ。
男は胸ポケットからマルボロを取り出し、1本銜(くわ)え、ポケットのライターを探した。
が、
どこにも入っていなかった。
男は吸うのを諦めた。
そして再び黙って夜空を眺めた。
タバコは銜(くわ)えたままで。
突然、
「シュボッ!!」
っという音が、背後から聞こえた。
反射的にその音に反応し、男が振り返ると・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・女が立っていた。
一瞬、二人は見つめ合った。
女は左手に火の点ったマッチの軸を持っていた。
その手を優しく男に差し出した。
男が女に近付いた。
女の左手に目を移し、マッチの火に銜(くわ)えたままのタバコを近付けた。
火が消えないように女がソッと右手を添えた。
男も静かに両手を添えた、口にタバコを銜(くわ)えたまま、女の両手を優しく挟むようにして。
「フゥ~」
男は1回大きく吸い込み、ユックリ煙を吐き出した。
それから、銜(くわ)えたタバコを左手で弾くように地面に投げ落とし、右足で火をもみ消した。
女は黙ったままジッと男の目を見つめていた。
男も女の目を見つめ返した。
マッチの火はもう消えていた。
男を見つめたまま、女はそれをポトリと落とした。
男が、
(スゥ~)
両手を伸ばし、そのまま何も言わずに女を抱き締めた。
女も又、何も言わずに男を抱き返した。
そして時間が止まった。
透き通った空気の中、チラチラ瞬(またた)く星々の光だけが動いていた。
不意にその内の一つがユックリと空から舞い落ちた。
しかしそれは星ではなかった。
小さな小さな氷晶・・氷の結晶・・ダイアモンド・ダストだった。
それはキラキラ輝きながら、男の背中に回された女の左手の上に静かに乗った。
いつの間にかリングが消えていた左手薬指の上に・・・
A Merry Christmas to you...
第1話 『ダイアモンド・ダスト』 お・す・ま・ひ