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アリスのお家 君に読む愛の物語
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アリスのお家

創作お話作ってます。。。

“君に読む愛の物語” 第49話 『芝居』

第49話 『芝居』




それは・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・3年経ったある日の事だった。

男と女。
付き合って既に3年。
結納も済ませ、半年後に結婚する事になっていた。
年齢は男32、女25。
そんな二人がある日、仲良く腕を組んで歩いていた。
突然、背後から声を掛けられた。

「アレッ!? もしかして?」

その声に反応し、二人同時に振り返った。
すると、声の主が続けた。

「あぁ、やっぱりー!? 健一? お前、田中健一だろ?」

「え!? ・・・。 お!? 鈴木? 鈴木か~?」

「オゥ!? 久し振り~!? 元気にしてたか~、健一~?」

「お前こそ元気だったか~?」

「あぁ。 それだけが取り柄だからな。 今、何してんだ~?」

「リサイクルショップ。 “リサイクルショップ・田中” って店やってんだ。 家業継いでな。 そういうお前は?」

「あぁ。 相変わらずだ」

「芝居か?」

「あぁ。 俺にはそれっき、ねぇからな」

「じゃぁ、バイト?」

「あぁ。 六本木でバーテンダー。 ところで、こちらの素敵なレディは?」

「フィアンセ」

「え!? フィアンセ?」

「あぁ。 俺のフィアンセで麻美っていうんだ」

ここで健一が麻美に言った。

「コイツ、昔の知り合いで、鈴木淳(すずき・じゅん)」

女が自己紹介した。

「朝霧麻美(あさぎり・あさみ)です」

「朝霧麻美さん?」

「はい」

「そぅ。 素敵な名前ですね。 そして美人だ」

これに健一が反応した。

「だろ?」

「あぁ。 お前にゃぁ、もったいない」

「俺もそう思う。 だから自慢の彼女なんだ」

「うん。 分かる。 この器量なら自慢していい」

「勿論!!」

「お!? 強く出たな」

「悪(わり)ぃか?」

「いぃや、悪くない」

「だよな?」

「あぁ。 ・・・。 ところで健一?」

「ん?」

「お前、芝居は? もう、やってねぇのか? ホントに辞めちまったのか?」

「あぁ。 もう、完璧に足洗った。 やっぱ耳がな、耳がチョッとな・・・」

「そうか~。 もったいねぇな。 お前、才能あんのに・・・」

「仕方ねぇさ。 それが運命ってもんだろ」

「運命か~。 チョッと残酷かもな」

「そうでもないぜ。 今、俺。 充実してっから。 細々とやってるリサイクルショップだけど、その辺のリーマンよっか実入りいいし」

「そうか~。 ソイツぁ何よりだ」

「あぁ。 悪くはない。 最高じゃぁねぇヶど・・・。 でも、もうあと二頑張(ふた・がんば)りで最高ってレベルかな」

「フ~ン。 だったら、俺が余計な事言う必要ないな」

「あぁ。 ない」

「分かった。 しっかし、会えて良かったぜ」

「俺もだ」

「なら、良かったついでに、芝居見に来いよ。 今度、俺ら。 “ベニスの商人” やるんだ」

「ベニスの商人か~。 で!? お前は? お前の役は?」

「シャイロック」

「え!? シャイロック!? 主役じゃねぇか」

「あぁ、そうなんだ。 だから見に来いよ。 な」

「あぁ。 行けたら行くよ」

「あぁ。 来れたら来いよ。 絶対にな。 劇場、決まったら連絡すっから」

「あぁ。 分かった」

それから淳が麻美を見た。

「朝霧さんも良かったら、俺らの芝居見に来て下さい」

「はい。 必ず」

「ナイス!? ソイツぁ、ナイスだ!? じゃぁな、健一。 もう時間ねぇから、又な」

「あぁ。 又な」

淳は去った。
その後ろ姿を見送ってから麻美が健一に聞いた。

「芝居って、何? 健ちゃん、芝居やってたの?」

「あぁ。 昔な。 昔チョッと」

「フ~ン」

ここで女の表情が少し曇った。

「どした? 急に考え込んで?」

「うぅん。 別に」

女はそうは言った物の、内心穏やかではなかった。

『付き合って3年も経つのに、アタシ、この人の事、何にも知らなかったんだ』

その思いが顔に出ていた。
そんな麻美が健一にもう一度聞いた。

「何で? 何で芝居辞めちゃったの?」

麻美のこの質問に今度は健一の表情が曇った。
それから、チョッと寂(さみ)しそうに言った。

「耳、遠くなっちまったから」

「え!?」

「ホラッ!? 俺、若年性難聴で耳、少し遠いじゃね。 芝居始めて2年ぐらいしてから少しずつ遠くなっちゃってさ。 んで」

「・・・」

「耳遠いとさぁ。 コミュニケーション取んの辛いんだよな。 初めは根性でなんとか頑張ったんだヶど、段々、それがしんどくなっちまって。 で。 気が付いたら舞台出んの、何かやんなっちゃって。 そんで・・・」

「でも、補聴器なくてもダイジョブなレベルじゃん。 なのに?」

「会話はな。 会話はなんとかなるヶど、音楽が変なんだよ」

「ん!? どういう事?」

「あぁ。 芝居のBGMで音、入れるじゃん。 その音が、耳が悪くなる前に聞いた音と違うんだ。 それがスッゲー、気持ち悪くて・・・。 多分、聞き取れる音と聞き取れない音の所為(せい)だと思うんだヶど・・・。 なんか微妙にヘンテコリンなんだよな~、BGMが。 それがさ。 スッゲー、気持ち悪(わり)ぃんだ」

「・・・」

「だから、7年前に辞めた。 キッパリな」

「悔いはないの?」

「ない!? ・・・。 って言ったらウソんなるヶど・・・。 でも、やっぱ辞めて良かった」

「何で?」

ここで健一が麻美の目を見つめ直し、キッパリとこう言った。

「お前と出会えたから」

「え!?」

「つーか、お前をフィアンセに出来たから。 もし今。 まだ芝居やってたら、俺、お前養う稼ぎねぇし。 アルバイトだからな。 いい年こいてさ」

「・・・」

「さっきのヤツいたろ?」

「うん」

「アイツ、30とっくに過ぎてんのにバイトだぜ。 それもアイツだけじゃねぇんだぜ。 芝居やってるヤツらって、み~んな、人生それ中心でさ。 人生棒に振って芝居やってんだ」

「人生棒に振ってって・・・?」

「あぁ、そうなんだ。 人生棒に振ってなんだ。 でなきゃ出来ないんだよ、芝居なんて」

「フ~ン」

「だから、もしまだ俺が芝居続けてたら。 今の俺たちのこのナイスな関係はなかったのさ、絶対に」

ここまで言って男は黙った。
それから視線を下げて地面を見つめた。
その横顔は心なしか、少し寂(さみ)し気(げ)だった。
そんな男の姿に、

「・・・」

女は言葉を失っていた。
どう反応していいか分からなかったのだ。

「・・・」

「・・・」

しばらく沈黙が続いた。
やがて男が顔を上げ、ジッと女の目を見つめ、女のみならず自分にも言い聞かせてでもいるかのようにこう言った。

「芝居辞めたからあるんだ。 今の俺たちの、このナイスな関係が。 ・・・。 でも・・・」

ここで男は、女の目を見つめたまま再び黙った。
というより、次の言葉が出て来なかった。
心中穏やかではなかったのだ。
不意に蘇(よみがえ)った昔の思い出が、まるで走馬灯のように心の中を走り抜けていて。
人生のホンの一時期とはいえそれに青春の全てを掛けた思い出が、まるで走馬灯のように心の中を走り抜けていて。

「・・・」

女は相変わらず無言のままだった。
ジッと見つめる男のその目を黙って見つめ返している女のその目は、薄っすらとではあるが濡れているように見えた。
多分、涙で。
男の心を慮(おもんばか)った涙で。

というのも、男の目も又濡れていたからだ。
きっと、涙で。
無念の涙で、薄っすらと。

そぅ。

男はまだ芝居に・・・










未練が・・・。











第49話 『芝居』 お・す・ま・ひ







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“君に読む愛の物語” 第48話 『たったの二文字』

第48話 『たったの二文字』




『何でぇ?』

女は思った。

『たったの二文字なのよ、なのに何でぇ?』

そうも思った。
女は悩みに悩み抜いていた。

『何で出来ないんだろうかと』

そぅ。

女は悩みに悩み抜いていたのだ。
たったの二文字を素直に言葉に出せないでいる事を。

どうすれば出来るのだろうか?

たったの二文字 『す』、 『き』 を・・・










・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・言葉に。。。











第48話 『たったの二文字』 お・す・ま・ひ







“君に読む愛の物語” 第47話 『時間よ、止まれ』

第47話 『時間よ、止まれ』




「時間よ・・・と、ま、れ」

女がボソッと呟いた。

それは男の寝顔を繁々と見つめながらの事だった。
女はいつまでもいつまでも変わらないでいて欲しかったのだ、男のその屈託のない寝顔が。

そぅ。

女はいつまでもいつまでも変わらないでいて欲しかったのだ、この瞬間が、この愛が。

女は今、慈愛のこもった目で男の寝顔を見ている。
まるで赤ん坊の寝顔でも見ているかのように。

こう思いながら。

『ホント、この人・・・










・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ベビィ・ファイスねぇ』











第47話 『時間よ、止まれ』 お・す・ま・ひ







“君に読む愛の物語” 第46話 『雲一つない晴天』

第46話 『雲一つない晴天』




「空って、全然変わんないね」

不意に女がそう言った。

「え!? どうした突然?」

男が聞き返した。

「うん。 アタシが初めて健ちゃんに告(こく)られた時も、今日みたいに雲一つない晴天だったよね」

「ウ~ン。 ・・・。 そうだったっけか?」

「うん。 そうだったよ。 健ちゃん、忘れたの?」

「ゴメン、麻美。 忘れた」

「ウ~ン、もぅ。 健ちゃんってホ~ントそういう事、疎(うと)いね」

「だって仕方ねぇじゃん」

「何で? 何で仕方ないの?」

「だって、あん時、俺。 もしもお前に振られたらどうしようって、そればっかで、天気の事なんか全然気に留める余裕なかったし」

「あ!? そっかー!? そう言えば健ちゃん、あの時、真剣通り越して必死の形相だったもんね。 アタシ、殺されるんじゃないかと思ったもん、もし健ちゃん振ったら」

「そ、そんな事ねぇよ。 そ、そこまで酷くねぇよ」

「うぅん。 そこまで酷かったよ。 目(め)ー、血走ってたじゃん」

「だ、だから~。 そ、それほど酷くねぇよ。 だって俺。 ぜってー、振られねぇ自信あったし」

「ホント~?」

「あ、あぁ。 ホ、ホントだよ」

「ホントにホント~?」

「あ、あぁ。 ホ、ホントにホントだよ」

「ホントにホントにホント~?」

「あ、あぁ。 ホ、ホントにホントにホントだよ。 嘘なんか吐いてねぇよ」

「ホントにアタシに振られない自信あった~?」

「も、もち(勿論)あったよ。 き、決まってんじゃねぇか」

「フ~ン」

「な、何だよソレッ!? な、何が 『フ~ン』 だよ」

「だってあの時、健ちゃん、ホ~ントおっかない顔だったんだよ」

ここで女が上を向いて何かを思い出すような仕草をした。

「あれが~。 自身のあった人間の顔かな~?」

そして再び顔を男に向け、男の目をジッと見据えてこう言った。

「それにさっき、 『だって、あん時、俺。 もしもお前に振られたらどうしようって、そればっかで、天気の事なんか全然気に留める余裕なかったし』 って言ったじゃん」

「あ!?」

「フッ。 健ちゃんって、ホント分かり易いね」

「う!? な、何だよソレッ?」

と、ここで突然、それまで男をオチョクっていた女の顔が真剣な表情に変わった。

「正直に言え!! アタシに振られなくて嬉しかったって」

「お、おぅ!? う、嬉しかったよ」

「良し!! だったらアタシの事、大切に思ってるか?」

「お、おぅ。 お、思ってるよ」

「だったら、死ぬまでアタシを守り抜くって約束するか?」

「お、おぅ。 や、約束するよ」

「良し!! だったらそれをもう一度言ってみろ」

「ん!? もう一度?」

「あぁ、そうだ!! 死ぬまでアタシを守り抜きますって言え!!」

「お、おぅ。 死ぬまでオマエを守り抜いてやるぜ」

「ウム。 良く言った。 それをプロポーズの言葉として聞き入れる。 だから、生涯アタシを幸せにしろ」

「え!?」

ここで女の表情が緩み、ニッコリ微笑んでパチリと一発、右目でウインクをした。

「ね」

「・・・」

そぅ。

事は全て、女の思惑通りに進んだのだ。
つまり、この男の性格を知り抜いていたその女の巧みな誘導問答に引っ掛かり、男はまんまとしてやられ、その結果、気が付いたら女にプロポーズしていたのだった。

この勝負・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・女の作戦勝ち。。。










だが、その数年後・・・











第46話 『雲一つない晴天』 お・す・ま・ひ







“君に読む愛の物語” 第45話 『夕暮れ時』

第45話 『夕暮れ時』




それはある日の・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・夕暮れ時の事だった。

ある所で、

『健ちゃん、アリガト。 ワタシを選んでくれて。 でもさ。 ホント言うと、もっともっと、ズッとズゥ~ッと健ちゃんと一緒にいられると思ってたんだよね、アタシ。 そして理想を言えば一緒に。 ヶど、それは無理だから。 アタシが先で、後から健ちゃん。 それが一番だと思ってたんだけどね。 あ~ぁ。 ホ~ント思うようになんないね人生なんて。 て。 愚痴っても仕方ないか・・・。 この40年間、アタシ、ホントに幸せでした。 子供も3人育てられたし。 ま。 その分、健ちゃん一人に苦労かけちゃったかな。 大変だったよね健ちゃん、アタシ体弱いから。 だから、やな事ぜ~んぶ健ちゃんに押し付けちゃって。 でも健ちゃん、愚痴一つこぼさないでアタシと子供たち守ってくれたよね。 そして過労とストレスでこんなに早く・・・。 ホント言うとね、アタシいつも心ん中で手、合わせてたんだよ。 そしてこう思ってたんだよ、アリガト健ちゃんって。 でもさ。 アタシ意地っ張りだから1回もその言葉言えなかった。 だから今日。 ここで言います』

女はそう思っていた。
そして一言だけ、

「アリガト。 健ちゃん」

手を合わせてしみじみとそう呟(つぶや)いた。
男の墓に向かって。
ジッとその墓を見つめて。

するとその時、

(ゴ~~~ン!!)

夕暮れの中でお寺の鐘が辺りに鳴り響いた。
たったの一突きだけだったが、確かにお寺の鐘が辺りに鳴り響いた。
まるで女のその言葉に答えてでもいるかのように。

そぅ。

(ゴ~~~ン!!)

とその時、辺りに鳴り響いたのだ、お寺の鐘が。

まるでその女の言葉に答えてでもいるかのように・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・たったの一突きだけ。。。











第45話 『夕暮れ時』 お・す・ま・ひ







“君に読む愛の物語” 第44話 『恋人規格』

第44話 『恋人規格』




「あのさ~」

不意に男が女に言った。

「ん!? 何? どうかした?」

「あぁ。 俺たちの距離ってさぁ。 恋人規格になんねぇかなぁ?」

「え!? 何? どういう事?」

「いやな。 今の俺たちの距離って、友達規格じゃん。 俺、恋人規格になりてぇんだよ、お前と。 だからさ」

そう言って男が女との間合いを詰めた。
その距離、顔と顔の間おおよそ30㎝。
そして男は真剣な眼差(まなざ)しで女の目を見つめた。

それに対する女の答えはこうだった。
無言のまま両手で軽く男の胸を押したのだ。
そしてその距離おおよそ60㎝。

結局、二人のその距離は・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・友達規格。。。











第44話 『恋人規格』 お・す・ま・ひ







“君に読む愛の物語” 第43話 『雨宿り ②』

第43話 『雨宿り ②』




このお話は・・・
第42話 『雨宿り ①』
の!?
続き death。




その日は・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・雨だった。

というよりも、突然降り出した雨。
それも予報にはなかった雨。
それほど酷い降りという訳ではなかったが、それでも傘を持たない者には雨宿りが必要なレベルだった。
男は急いで、革の手提げカバンの中から折り畳み傘を取出して広げた。
それは帰宅途中の午後7時頃、駅から歩いて15分前後の自宅に向かっている時の出来事だった。
男は25才の会社員。
営業職のため、こういった事態に備えて傘はいつもバッグの中に入れていた。
それがその時、役に立ったという訳だ。
そして足早に自宅に向かっていると、一人の女の姿が目に入った。
その女は、道沿いの雨除けのあるショップの下(もと)に身を寄せ、雨が止むのを待っているようだった。
それでなくても寒い二月。
女は両手にはめていた雨で少し濡れた手袋 否 ミトンを見つめ、震えながらそれを擦(こす)り合わせていた。
その女は男にしてみれば知った顔で、自宅付近で何度か見掛けた事があった。
もっとも、目が合った事はなかったが。

男は顔を上げて傘を見た。
そして、

『二人(ふたり)入るにはチョッと小さいかな?』

そう思ったが状況が状況なだけにスルーするという訳にも行(ゆ)かず、

『良し!!』

そう心に決め、

「良かったらご一緒しませんか?」

と、思い切って声を掛けてみた。
すると、

「え!? いいんですか?」

反射的に女が聞いて来た。
それは男にとっては予想外だった。
だがそれを受け、

「勿論!!」

男も反射的に、そしてチョッと力を込めてそう答えていた。
その傘は折り畳み式だったので二人で入るのには少し小さかったのだが、それでも雨を凌(しの)ぐには何とか役に立った。
もっとも男の体は4分の1ほど雨に濡れてしまったが。
でも女に雨が掛かる事はなかった。
それは男が単なるジェントルマンシップを発揮しただけではなく、男自身そうしたかったのだ。
というのも実を言えば、男はその女を見掛ける度に、

『あの娘、可愛いな!?』

そう思っていたからだった。
つまり女がこの誘いを受け入れるという事は、男にしてみれば憧れのあの娘と相合傘(あいあい・がさ)が出来るという訳だ。
だから男は、その時女が何ら躊躇(ためら)う事無く自分の誘いを受け入れてくれた事を心底喜んでいたのだった。
そして女が、

「え!? いいんですか?」

反射的にそう聞いて来た瞬間、こう思っていた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ナイス! チャンス到来!!











第43話 『雨宿り ②』 お・す・ま・ひ







“君に読む愛の物語” 第42話 『雨宿り ①』

第42話 『雨宿り ①』




その日は・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・雨だった。

というよりも、突然降り出した雨。
予報にはなかった雨。
それはそれほど酷い降りという訳ではなかったが、それでも傘を持たない女には雨宿りが必要だった。
そのため女は道沿いの雨除けのあるショップの下(もと)に身を寄せ、雨が止むのを待った。
その女は、二十歳(はたち)の大学生。
それはバイト帰りの出来事で、駅から歩いて12、3分の自宅までの途中、突然雨が降り出したのだ。
それでなくても寒い二月。
女は両手にはめていた雨で少し濡れた手袋 否 ミトンを見つめ、震えながらそれを擦(こす)り合わせていた。

すると不意に男の声で、

「良かったらご一緒しませんか?」

と、声を掛けられた。
顔を上げると、差している傘を少し女に向けて差し掛けようとしている男が右斜め前に立っていた。

「え!? いいんですか?」

反射的に女が聞いた。

「勿論」

当然の事のように男が答えた。
その傘は折り畳み式だったので二人で入るのには少し小さそうなのだが、それでも女は喜んで入れてもらう事にした。
というのも、その男を女は自宅付近で何度か見掛けた事があり、知った顔だったので安心感があったのだ。
もっとも、目を合わせるのはその時が初めてではあったが。
それでも女は喜んで入れてもらう事にした。
しかしそれには訳があった。
実を言うと、女はその男を見掛ける度に、

『あの人、カッコいー!?』

そう思っていたのだ。
つまりこの誘いを受け入れるという事は、憧れのあの人と相合傘(あいあい・がさ)が出来るという訳だ。
だから女はその時、何ら躊躇(ためら)う事無くその誘いを受け入れたのだった。
そして女は、

「良かったらご一緒しませんか?」

そう男に声を掛けられ、目が合った瞬間、こう思っていた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ナイス! チャンス到来!!











第42話 『雨宿り ①』 お・す・ま・ひ







“君に読む愛の物語” 第41話 『大っ嫌い』

第41話 『大っ嫌い』




「大っ嫌い!! アタシ、健ちゃんなんか大っ嫌い!!」

「え!? な、何でだよ、麻美!? な、何で!? お、俺なんかしたか?」

「うぅん。 何にもしてない」

「だったら、何で?」

「だっ、かっ、らっ、だっ、よっ」

「え!? な、何だよそれ!? 意味分かんねぇよ!?」」

「クスッ。 分かんなくってもいいの。 とっ、にっ、かっ、くっ。 アタシ、健ちゃんの事、だ~いっ嫌いなの」

「・・・」

男は突然の女の、この人を食ったような態度が全く理解出来ないでいた。
そんな戸惑う男の顔を繁々と見つめて女が続けた。

「ヶど、可愛いから許す」

「へ!?」

「・・・」

「な、何だよ、ソレッ!? 何が許すだよ? 益々(ますます)意味分かんねぇよ」

「ウフッ。 分かんなくったていいんだ。 兎に角、許して、あー、げー、るー」

「・・・」

男は女が何を考えているのかその魂胆が全く読めず、ひたすらメガンテ 否 “目が点” 状態だった。
そんな男の視線を逸(そ)らすため、女は顔をチョッと背(そむ)けた。
こんな事を思いながら。

『コイツにゃぁ大好きって言うよっか、こっちの方が効くんだよなぁ・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・大っ嫌い』











第41話 『大っ嫌い』 お・す・ま・ひ







“君に読む愛の物語” 第40話 『卒業』

第40話 『卒業』




「ゴメン麻美。 アタシもうアナタの顔見らんない」

ある日、女が女にそう言った。

「え!?」

「アタシ、もうこれ以上アナタの顔見るの辛い。 だからもう二度とアタシに話し掛けないで」

「え!? そ、それって絶交って事?」

「うぅん。 そうじゃない。 でも、二度と話し掛けないで」

そう言い残して、

「ダァーーーーー!!!!!」

逃げるように女が去って行った。
麻美と呼ばれた女がその女の背中に声を掛けた。

「と、友子!?」

しかし友子は振り返る事なくその場から走り去って行った。
意味が分からず呆然とその後ろ姿を見送っている麻美に、もう一人、クラスメートの女が背後から近付いて来た。

「友子ねぇ」

その声で麻美が振り返った。
女が続けた。

「友子も健ちゃん、好きだったんだよ」

「え!?」

「でも友子、麻美が健ちゃんの事好きだったの知ってたから、ズーッと黙ってたんだよ」

「えぇー!? そ、そんなぁ・・・」

「だがら友子。 麻美と健ちゃん、一緒の所(とこ)見るの辛いって、いっつも言ってた」

「・・・」

「お互いクラス違うしさ。 それにもうすぐこの高校ともお別れジャン。 だから卒業するまでソッとしといて上げなよ。 ね」

「・・・」

「・・・」

「うん。 分かった。 でも友子。 小学校ん時からズッと一緒で、親友だと思ってたのになぁ・・・」

「こればっかりは親友も悪友も関係ないよ。 こればっかりは・・・」

「・・・。 時間が解決するかなぁ?」

「さぁ、どうかなぁ? でもそれに期待するっきゃないんじゃない」

「う~ん。 だね」

「うん」

だが、

結局・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・時間は解決しなかった。。。











第40話 『卒業』 お・す・ま・ひ







“君に読む愛の物語” 第39話 『猫』

第39話 『猫』




男は・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・猫を飼っていた。

その猫の名前はナゼか “ポチ”。

・・・猫なのに。

そして女が家に遊びに来ると、決まっていつもその猫を抱き上げ、ぎゅうぎゅう抱き締め、頬擦(ほおず)りしながらその猫にこう話し掛けた。

「お~らポチ~。 お前は、な~んて可愛いヤツなんだー!! だ~い好きだぜー、ポチー!! ウリウリウリー! ウリウリウリー! ウリウリウリ~~~」

それを女はいつも楽しそうに微笑んで眺めていた。
そして男が猫を離すと、今度は自分がその猫を抱え上げ、男同様ぎゅうぎゅう抱き締め、頬擦りしながらこう言った。

「ポチ~。 ウリウリウリ~~~。 お前はなんて可愛いの~。 アタシ、ポチ、だ~い好きー!! ウリウリウリー! ウリウリウリー! ウリウリウリ~~~」

とまぁ、こんな具合に。
全く以(も)って、猫にとっては迷惑千万としか言いようがないんだが。

でも、

その猫は利口だった。
そして知っていた。
自分が男から女への、女から男への愛の伝言板だという事を。
だから、いつもこんな事を思いながらジッと我慢してなすがままにされていた。

『ったく、コイツらー!? 俺様、出汁(だし)に使いやがって~!? チッ』

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・って。。。



チャンチャン。。。



【注】 意味の分からん読者様に置かれましては、 “アリスのニャンコその名は“ポチ” http://00comaru.blog.fc2.com/category7-7.html ” をチョッと覗いてみてチョ。。。





メデタシメデタシ。。。











第39話 『猫』 お・す・ま・ひ







“君に読む愛の物語” 第38話 『風が伝えた物』

第38話 『風が伝えた物』




『きっと、風が伝えてくれたんだよね。 アタシの気持ち』

女はそう思っていた。
女には好きな男がいた。
でも、面と向かって好きと言えなかった。
だからいつも周りに誰もいない一人っきりの時、男の写真を胸に風に向かって、

「アナタが好き」

そう囁(ささや)いていた。

そんなある日。
それは風の強い日だった。
男が女にこう告げた。

「俺。 オマエと付き合いたいんだよな。 いいだろ?」

「え!?」

女は絶句した。
そんな女に男が追い打ちを掛けた。

「ダメか?」

「ダ、ダメなんて事ないよ」

「だったら、いいんだよな?」

「え!? ア、アタシでいいの?」

「決まってんだろ」

「ホ、ホント?」

「あぁ。 ホントさ。 彼女になってくれ。 いいよな?」

「・・・」

「ダメなのか?」

「エッ!? エッ!? エッ!? ・・・」

「どうなんだ? なるのかなんないのか?」

「ゥ、ゥン。 ぃ、ぃぃょ」

「え!? 良く聞こえないよ。 ハッキリ言ってくれ!!」

「い、いいよ!! か、彼女になるよ!!」

「ホントか~!? やったー!?」

女はドキドキしながらも思いが通じた嬉しさで泣いていた。
すると二人の周りを、二人を優しく包むように、

(ピュ―!!)

風が舞った。

そぅ。

風が・・・風が舞った。

女の気持ちを男に伝えた・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・かも知れない風が。。。











第38話 『風が伝えた物』 お・す・ま・ひ







“君に読む愛の物語” 第37話 『百点満点』

第37話 『百点満点』




「ねぇ?」

女が男に聞いた。

「ん!? 何だ?」

「アタシたちってさぁ・・・。 点数付けたら何点ぐらいの関係かな~?」

「どうした? 急にまたそんな事言って?」

「うん。 チョッとね。 チョッと思っちゃったもんだから」

「『チョッと思っちゃったもんだから』 って、変なヤツだな」

「でも、何点?」

「う~ん。 点数か~?」

「うん」

「そうだな~。 まぁ、75点ってとこかな」

「その心は?」

「あぁ。 満点だと、後は落ちてくっきねぇ」

「うん」

「でも50点以下だと、上手くいってねぇって感じ。 だろ? 違うか?」

「うぅん。 違わない」

「な。 だから、その間を取って75点」

「あ、そっかぁ」

「あぁ」

「でもさぁ。 75点ってチョッと半端な感じ、しない? 悪くはないヶど、良くもない」

「あぁ、そうだな。 でもやっぱ、75点ぐれぇがいいんじゃねぇのか」

「何で?」

「だってそうだろ? 80点以上だと、な~んか安心しちまってそれ以上狙おうって気、起きねぇじゃん」

「あ!? そっかぁ。 そうだね」

「な。 だから今現在75点で、上を目指す」

「お!? 上手い」

「な。 だから、俺たちって点数な~んかどうでもいい、ナイスな関係よ」

「うん。 そうだね。 アタシたちって、点数無視のナイスな関係ね」

「あぁ。 だから、結局、俺たち百点満点」

「うん。 そう。 だから、結局、アタシたち百点満点」

だからこの二人はその半年後に・・・










・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・別れた。





チャンチャン。。。





メデタシメデタシ。。。











第37話 『百点満点』 お・す・ま・ひ







“君に読む愛の物語” 第36話 『良縁 ②』

第36話 『良縁 ②』




このお話は・・・
第35話 『良縁 ①』
の!?
続き death。




男は思い出していた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・昔の出来事を。

男は高校時代。
たった一人の女を思い続けていた。
その女はプロポーション抜群の超絶美人で成績も良く、将来はバレリーナを目指していたほどリズム感、運動神経共に優れ、県内屈指の才女と噂されていた。
そのため、

『きっと彼女が一番良縁に恵まれるんだろうなぁ』

これが同級生全員の共通認識だった。
もっとも性格は決して悪くはなかったが、プライドが半端なく高かった。
そんな女に男は恋焦(こいこ)がれていたのだ。
一度だけ勇気を出して告白した事があったが、パーフェクトなまでに相手にされなかった。
それでも男はその女を諦め切れずに思い続けていた。
そして男はその女に認められようと必死で頑張った。
勉強も当然ながら、スポーツも。
特に大好きなテニスに打ち込んだ。
その結果。
男は東京の一流大学に進学し、テニス部で目覚ましい成績を上げ、その実績を引っ提(さ)げて一部上場の割と名の通った企業に採用された。
当然、実力で。
しかも、高校時代に身に着けたあの “向上心” が幸いし、入社するや否やみるみる頭角を現し、驚くほど速いペースで部下を持つまでになった。

そんな男は今、28。
という事は女もまた、28。
そのかつて憧れていた今28の女を、男はひな壇の上から見下ろしていた。

その日はその男の結婚式で、妻はやはり高校時代の同級生。
憧れのあの娘とは対照的に地味目だったが、気立てがとても良く、典型的な世話女房タイプで、傍にいるだけで男は安心する事が出来た。
しかも料理の腕はプロ並みで、三ツ星レストランでも十分通用するレベルだったのみならず、地味目な見た目と違って声がとても美しく歌も上手だった。
加えて、その見た目の地味さが却(かえ)って幸いし、28才になっても老けた感じが全くなく、二十歳(はたち)で通るほど若々しかった。
その所為(せい)もあり、男の仕事の都合で結婚式を挙げるのが遅くなっても女は全く気にしなかった。

この二人のそもそもの馴れ初(な・れ・そ)めは、女も東京の大学に進学していて、街で偶然出会ってから始まった。
何となく連絡を取り合い、時々会ってお茶するようになって行った。
多分男は、その女に故郷の匂いを感じていたからだろう。
それまで男は憧れのあの娘が忘れられず、今目の前にいる女には殆(ほとん)ど関心がなかった。
女もその事は十分承知していた。
それでも男と会っていたのは、実は、女はその男にズッと憧れていたからだった。
でも、男には他に好きな女がいてその思いが通じないのも知っていた。
だからその男に時々会えてお茶出来るだけでとても嬉しかった。
それには、

『もしかして、いつかアタシの事を・・・』

という思いがあったからでもあった。
そして結果的に女のその思いの通りになった。
ナゼかと言えば、男がその女と会っているうちにその女の良さに漸(ようや)く気が付いたのだ。
それは、何と言ってもその女が与えてくれる絶対的な安心感。
その上、料理上手に歌上手。
だから女の部屋で女の手料理を食べたり、一緒にカラオケに行ってデュエットするのが殊の外(こと・の・ほか)楽しかった。
いつしかそれが男に活力を与え、その活力が学業に反映され、得意なテニスで実績を上げる原動力になり、その結果として一流企業のポープ社員としての現在の地位が築けたのだ。
全てはその女のお蔭と言っても良いほどだった。

そして男は今、そんな昔の出来事を思い出しながらひな壇の上からかつての憧れのあの娘を見つめている。
憧れだったあの娘は28という年齢相応、それなりになっていた。
だが、やはり着飾っているその女の美しさはその場では群を抜いていた。

男はチョッと感慨に浸った後、目線を上げ、少し顔を起こし、周りに聞こえないほど小さく、

「フゥ~」

息を吐き出した。
それは溜息と言っても良かった。
それから、

(チラッ)

横に座っている新婦の横顔を見た。
その横顔はとても愛らしかった。
かつての憧れの、今28の、その場で群を抜いて美しいあの娘には及ばないものの、その気立ての良さを反映してだろう、男の新妻はとても可愛らしかった。
だから男には何の不満もなかった。
それでもその横顔を見ながら男はこんな事を思っていた。

『俺が今あるのは全てコイツのお蔭だな。 コイツがいてくれたからこそ、何もかもが順調に・・・。 でも・・・』

そぅ。










『・・・。 でも・・・』











第35・36話 『良縁 ①・②』 お・す・ま・ひ







“君に読む愛の物語” 第35話 『良縁 ①』

第35話 『良縁 ①』




「あ~ぁ、勿体(もったい)ない事しちゃったな~?」

女はとても後悔していた。

その日は高校時代の同級生の結婚式だった。
新郎新婦が共に同級生だったので女も招待されて出席していた。
ひな壇に立つ新郎は、ひ弱だった高校時代とは比べ物にならないほど逞しく立派になっていた。
しかも一部上場のそれも割と名の通った企業の第一線でポーブとして活躍していて、28才にして既に何人かの部下を持つチーフになっていた。
だから将来性は絶大だった。
新婦は地味目で、気立ての良さを除けば特にこれといった利点はなかったが、とても家庭的な世話女房タイプだった。

“傍にいるとホッとするようなタイプ”

と言えば分かり易いかな?

一方、女は、男なら誰でも彼女にしたくなるようなプロポーション抜群の超絶美人で皆(みんな)の憧れの的だった。
当然、新郎もかつては憧れていた。
そのため、

『きっと彼女が一番良縁に恵まれるんだろうなぁ』

これが同級生全員の共通認識だった。
だが現実はどうかと言えばその女はまだ独身で、地元ではそこそこではあるが名の通っている会社のキャリアウーマン。
しかし社員はオッサン、オバちゃんが殆(ほとん)ど。
そして周りがそんなだからだろうか?
華やかだった高校時代と比べると、そのオーラには大分(だいぶ)陰りが見られた。
それでもまだまだ男を振り返らせる事の出来る、超絶美人に変わりはなかったが。
しかし女が納得するような縁談は未(いま)だなし。

否。

かつて数え切れないほどあるにはあったが、結局縁がなかった。
女が選び過ぎたと言えばそれまでだが、女が真に愛せる相手に出会えなかったのだ。
そのため未(いま)だに縁談がなかったし、仮にあったとしても余ほどいい話しでなければ女の過去が許さなかった。
今でもまだまだそうだが、それに輪を掛けて超絶美人だったその女の華やかなりし過去が。
しかし条件は年々落ちて行く。
それを女は受け入れる事が出来ないでいた。

そんな女にかつて、男は告白した事があった。
だが、女は全く取り合わなかった。
つまり “袖にした” という訳だ。
それを今、女はとても後悔していた。

女は、ひな壇にいて圧倒的なオーラを放っている新郎を見つめながら、

『何であの時・・・』

『時間て、戻せないかなぁ・・・』

『あ~ぁ、人生やり直せるなら・・・』

  ・・・

などと “今更(いまさら)” な事を思う以外、なす術がなかった。
パーフェクトなまでに残念な心境だった。
釣り逃がした魚というヤツは、斯(か)くもデカい物なのだ。
女は改めてそれを実感していたし、思い知らされてもいた。
そしてほんの少しだけ目に涙を浮かべ、こんな事を思っていた。

『きっとアタシは、この先ズッと後悔し続けるんだろうな~』

そぅ。

きっとこの女は、この先ズッ~~~と後悔しながら生きて行く事になるに違いない。。。

古人も言っているように、

『後悔先に立たず』

と。










でも・・・











つづく







“君に読む愛の物語” 第34話 『綺麗に・・・』

第34話 『綺麗に・・・』




「好きだよ、麻美。 大好きだよ。 だからいつまでも俺の傍にいてくれ」

「うん。 いいよ、健ちゃん。 いつまでも一緒だよ。 死ぬまで離れないよ」

これが3年前、二人が結婚を決めた時のやり取りだった。

だが・・・

それから3年後の今、この二人はこんなやり取りをしていた。

「やっぱ、俺たち無理だったな・・・」

「うん。 だったね。 ・・・」

「綺麗に別れよう」

「うん。 いいよ。 綺麗に別れよ」

しかし、

二人の離婚は親権争いから始まり、互いの親族、及び弁護士らを交(まじ)え・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・泥沼化した。





チャンチャン。。。





メデタシメデタシ。。。











第34話 『綺麗に・・・』 お・す・ま・ひ







“君に読む愛の物語” 第33話 『恋愛相談 ②』

第33話 『恋愛相談 ②』




男は・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・愕然としていた。

今、女の言った一言を聞き。

それは、同じ高校の同級生の女に相談があると言われ、放課後の教室で二人っきりで話をしていた時の出来事だった。
女はこう言ったのだ。

「アタシさぁ、好きな人が出来ちゃったんだ・・・」

それを聞き、

「え!?」

男は一言そう言ったきり、後は何も言えずにその場で固まった。
気が動転してしまったのだ。

ナゼか?

大好きな女の子に 『好きな人が出来た』 と告(こく)られたからだ。
男は一瞬にして顔面蒼白。
全身からは脂汗が噴き出し、かつて味わった事のない失恋のショックに打ち震え、それに必死で耐えていた。
目の前は真っ暗で、次に女が何を言ったか言わなかったか、それすらも分からないでいた。
仮に女が何かを言ったとしても、恐らくは上の空で全く耳に入らなかったろう。
そしてそのままの状態で、

1分、2分、3分。

と3分経過した。
たったの3分だったが、男には30分 否 3時間以上にも感じられた。
それほど受けたショックはデカかった。
ムリもない。
その男にはまだ、失恋の免疫がなかったのだ。
これが生まれて初めての失恋だった。
そして男は必死で気持ちを建て直し、

「悪(わり)ぃ、麻美!! 俺チョッと用事思い出した!! 帰る!! また今度にしてくれ!!」

そう言って、

「ダァーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!」

全力ダッシュで教室を飛び出し、目に涙を浮かべて校舎の玄関、校庭、校門を走り抜けた。
後に、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしている女を残して。

そぅ。

パーフェクトなまでに当惑している女を後に残して、男は全力ダッシュでその場から姿を消した。
それを成す術なくただ呆然と見送る女。

嗚呼、哀れ!?

その女・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・涙目。。。

『こんなはずじゃ・・・』











第33話 『恋愛相談 ②』 お・す・ま・ひ







“君に読む愛の物語” 第32話 『恋愛相談 ①』

第32話 『恋愛相談 ①』




『ったく、鈍感なんだからぁ!?』

女は焦(じ)れていた。
男の鈍感さに。

女は今。
高校の同級生の男に相談があると言って、放課後の教室で二人っきりで話をしている所だ。
何の相談か?
それは恋愛相談。
そしてそれは、その女の愛の告白の変形バージョン。
つまり相談に託(かこつ)けて告白をしていたのだ。
女から男への、愛の告白を。
こんな感じで。

「アタシさぁ、好きな人が出来ちゃったんだ・・・」

そしたら、

「え!?」

驚く男。
それからその男、パーフェクトなまでに固まっちゃって、

「・・・」

全く言葉が出せないでいた。
そんな男に女は焦れていたのだ。
こう聞いて欲しくて。

「好きになった人って誰?」

そうすればこんな感じ。

「君だよ、健ちゃん」

それがこの女の狙いだった。
それからこう追い打ちを掛け、

「健ちゃんはアタシの事どう思ってる?」

そして、

「勿論、好きだよ」

そう言わせる作戦だった。
女にはそう言わせる自信がタ~ップリあった。
あぁ、それなのにそれなのに。
現実は、見事なまでに外れの展開。

嗚呼(ああ)、哀れ!?

その女・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・涙目。。。


チャンチャン。。。


そして・・・











第32話 『恋愛相談 ①』 お・す・ま・ひ







“君に読む愛の物語” 第31話 『運命の出会い』

第31話 『運命の出会い』




「運命ってあるんだよね」

不意に女が呟(つぶや)いた。

「ん!? どうした? 急に又?」

男が聞き返した。

「うん。 チョッとね。 チョッとそんな気がして」

「『チョッとそんな気がして』 って、変なヤツだな」

「テヘッ。 でも、考えてみたらアタシたちって運命の出会いだと思わない?」

「ん!? つーと?」

「だってさ。 アタシは生まれは京都だけど、育ちはニューヨーク。 でも結局、親の都合で日本に帰って来て東京住まい。 アナタは九州生まれの九州育ち。 でも、会社の都合で東京勤務。 そして出会って今がある。 それも結婚までしちゃってさ」

「まぁ。 言われてみりゃぁ、そうかもな」

「うん。 そうだよ。 絶対そうだよ」

「ウ~ン。 運命の出会いかぁ・・・」

「そ。 だからアタシは今、と~~~っても、しっ、あっ、わっ、せっ」

「うん。 俺も今、と~~~っても、ハっ、ッっ、ピっ、イっ」

「ね。 やっぱ運命の出会いでした」

「フム。 だな」

そしてこの二人はその3年後に・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・離婚した。

ま。

それも運命・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・かな???











第31話 『運命の出会い』 お・す・ま・ひ







“君に読む愛の物語” 第30話 『朝の陽(ひ)ざし』

第30話 『朝の陽(ひ)ざし』




(サァー!!)

男がカーテンを開けた。

瞬間、

『ウッ!? 眩(まぶ)し!?』

朝の陽(ひ)ざしが眩しかった。

『コイツぁ、絶好の行楽日和だぜ』

などと思いながら、目を細めて暫(しば)しその陽ざしに目を慣らしていた。
それからユックリと目線を部屋の中に戻した。
すると、今男が起き出したベッドの中にはまだ女が眠っていた。
そのチョッと間の抜けた、でもとても可愛らしい寝顔を繁々と見つめながら男がボソッと呟(つぶや)いた。

「こっちは、もっと、眩しいぜ」











第30話 『朝の陽(ひ)ざし』 お・す・ま・ひ







“君に読む愛の物語” 第29話 『手料理 ②』

第29話 『手料理 ②』




「フン、フン、フン、・・・」

女は鼻歌交じりで朝食を作っていた。

今住んでいるマンションのローン返済のため共働きだというのに、女は朝夕の食事は勿論の事、平日は自分と夫の弁当まで毎日欠かさずに作った。
休日は当然、弁当ではなくチャンとした昼食だ。
それでも女は嫌な顔一つせず、

「フン、フン、フン、・・・」

いつも、大好きな竹内マリアの 『家に帰ろう』 を歌いながら作った。

女は今年で30才。
結婚5年目。
ローンが後2年で終わるので、それまで子供はおわずけだった。
欲しかったが体は至って健康だし、まだまだ心配せずに産める年齢なので我慢した。

女は相変わらず冷蔵庫から食材を取出したりして、

「フン、フン、フン、・・・」

手際良く、鼻歌交じりで朝食を作っていた。
それもこんな事を思いながら。

『結婚して初めて分かっちゃったなぁ。 ママが毎日欠かさず、パパやアタシたちのために食事を作ってくれた事。 それも鼻歌歌いながら・・・。 今、アタシも同(おんな)じ事してるもん。 あ~ぁ、ヤッパリ親子か~。 クスッ』

そして、もう昼近くだというのにまだ布団にくるまり、涎(よだれ)を垂らしながら鼾(いびき)を掻(か)いて寝ている夫を横目でチラリと見て、小声でこう呟(つぶや)いた。

「それってねぇ。 アナタが気付かせてくれたんだよ」

更にもう一言・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・「ウフッ。 か~わい」











第29話 『手料理 ②』 お・す・ま・ひ







“君に読む愛の物語” 第28話 『手料理 ①』

第28話 『手料理 ①』




「うめぇー!! コレッすっげぇ、うめぇー!!」

男が女の作った料理を褒めた。
そして、

「うめぇー!! うめぇー!!」

と、盛んにそう言いながらガツガツ食べまくった。
女はそんな男の食いっぷりをチョッと微笑んで、嬉しそうに見つめていた。

「そんなに美味しい?」

「あぁ。 そんなに美味しいよ!!」

「ウフッ。 良かった。 だったらもっと食べて、アタシの分まで」

「いや~、そんなには食い切れねぇよー!! オレの分だけで十分さ。 でもコレッ!? ほ~んとうめぇーよ」

そう言って男は女が作ってくれた手料理を全部平らげた。

男と女。

結婚してから丁度5年。
今住んでいるマンションのローン返済のために共働き。
そのため普段の朝夕の食事はいつも比較的シンプルな物にならざるを得なかった。
女も頑張ってオカズを作るには作ったが、やはり時間的に無理があり、大抵は近所のスーパーの総菜コーナーで買った物をさも自分で作った手料理っぽく見せていた。
そしてその残り物で昼の弁当、二人分も作っていた。

しかし、その日は土曜日でお互い仕事は休み。
そのため男のために腕を振るい、殆(ほとん)ど全部自分で調理した。
その料理を男が、

「うめぇー!! うめぇー!!」

と、全部平らげたのだ。
女はそれがとても嬉しかった。

『作って上げて良かった』

そう思いながら男を見つめていた。
男も女のその嬉しそうな視線を感じていた。
だからこそ敢(あ)えて大袈裟に、

「うめぇー!! うめぇー!!」

を連発したのだ。

男は知っていた、女の苦労を。
どんなに仕事で疲れて帰って来てもきちんと欠かさず食事の支度をする苦労を。
それも朝晩の2食とその残り物での昼の弁当。
そして仕方なく、大抵は近所のスーパーで買った物のアレンジである事も。
だが、今自分が食べているのは殆ど全部女の手による物だ。
それも心から愛する大切な妻が心を込めて作った手料理だ。
それで男も張り切って、

「うめぇー!! うめぇー!!」

を連発したのだった。

だから、間違ってもその時思っていたこんな事は、絶対に口にも態度にも出せなかった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・『夕(ゆん)べの方が美味かった・・・かも?』











第28話 『手料理 ①』 お・す・ま・ひ







“君に読む愛の物語” 第27話 『本屋』

第27話 『本屋』




それは・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ある春の日の出来事だった。

男が高校三年生になったばかりの。

高3になったという事は当然、高1の新入生が入って来たという事だ。
事実、入って来た。
それが問題だった。
一人いたのだ、目の覚めるような美人が一人、その新入生の中に。
初めてその娘(こ)を目にした瞬間、

「ハァ~」

そのあまりの美しさに思わず男はため息を吐いた。
その美しさは、その男の正に理想その物と言って良いほどだったのだ。

その女の姿形は・・・

まるで美しく幻想的な絵画の世界からでも抜け出て来たような色白でスラリと細身の八頭身 否 九頭身。
肩より少し長めのツインテールの瓜実顔(うりざね・がお)の中には、キラリと輝く黒曜石を思わせる人を魅了して止まないパッチリおめめ。
麗(うるわ)しオーラをその身に纏(まと)い、素晴らしいバランスのボディからは絶える事無く爽やかフェロモンが発散され、身長は165㎝前後で、スーパーモデルと見紛(みまご)う超絶美人だった。

そしてその日からその女はその男の “憧れのあの娘 ” になった。
時々、校舎の中でその姿を見掛けるだけで男の胸はときめいた。

そんなある日。

学校からの帰り際、男が一人で何気なく学校の近くのワンフロワーでチョッと大きめ、40坪ぐらいありそうな本屋に立ち寄った。
特に何かを買いたいとか探そうとか、そんな事を思った訳ではなく、ただ何となく立ち寄ったのだった。
そして本屋に入って、特に何かを物色するというのではなく棚に陳列されている雑誌のタイトルに目を流していると、男はその場でクギ付けになった。
目の前、棚を挟んで反対側チョッと右斜(みぎ・なな)めに超絶美人の “憧れのあの娘” の姿があったからだ。
その棚は店のセンターにある雑誌コーナーで、床からは150㎝ぐらいの高さなので、身長1メートル80の男には反対側が良く見えるのだ。
そのため男はその場で固まったままその娘の俯(うつむ)き加減の斜め横顔に見とれていた。
二人の間隔、2メートルとチョッと。
しかし、その娘は手にしていた雑誌に見入っていて、男の存在には全く気付いた様子はなかった。
だが、そんな状況で女がいつまでも男の視線に気付かない訳がない。
男が女から目を切ろうとしたその瞬間、

(スッ)

女が顔を上げた。

『オッと!? ヤベ!?』

しかし一瞬遅かった。
目が合ってしまったのだ。
男は大慌てで目を切り、そそくさと店を後にした。

そして次の日。

男は学校からの帰りしな、再び同じ本屋に寄った。
前の日同様、特に買いたい本があったという訳ではなかったが、家に真っ直ぐ帰る必要もなかったし、塾にはまだ時間があったし、さりとて友人と約束があった訳でもなかったからだった。
店に入ると直ぐ、昨日と同じ店のセンターに設置されてある雑誌コーナーに行き、昨日と同じ場所で男の好きなバイク雑誌を手に取り、パラパラとページをめっくては文字を読むというより写真を眺めていた。
サラッと一冊見てはもう一冊、またもう一冊と何冊か同じように眺めていた。
そして何気なく何かに引かれたかのように、

(スゥ~)

顔を上げた。

瞬間、

『ドキッ!!』

男の心臓が自分自身のみならず、その周囲にいる人たちにさえ聞こえてしまうのではないかというほど大きく高鳴った。
というのも、男の目の前。
昨日と同じ位置。
そこに女が立っていたのだ。
男の “憧れのあの娘” が・・・そこに。
それも思いを込めた真剣な眼差(まなざ)しで、瞬き一つせず男をジッと見つめたまま。

そぅ。

真剣に何か物言いた気(げ)に。
真剣に何かを訴える掛けるかのように。

そして・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・時が止まった。。。











第27話 『本屋』 お・す・ま・ひ







“君に読む愛の物語” 第26話 『最初で最後』

第26話 『最初で最後』




女は・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・婚約していた。

半年後に挙式を控えていた。
そんなある日。
道でバッタリ、かつて愛していた男と出会った。
と言っても片思いの恋で、話をした事すらなかった。
もっとも男が自分に気があるのはそれとなく感じてはいたのだったが。
もし、男が勇気を出して話し掛けてくれていれば、間違いなく恋人宣言が出来たはずだった。
男も態度には出していたが、言葉を掛けるまでの勇気はなかった。

だが、

バッタリ、日曜の夜九時。
二人が共に利用している駅で鉢合わせし、周りに誰もいなかった事もあり男が勇気を持って話し掛けたのだった。
かつては互いに魅かれ合っていた二人。
そして互いにその事は分かっていた。
だから男はこう言って女を誘った。

「お茶、飲みませんか?」

「・・・」

女は複雑な表情を浮かべ、無言で頷いた。
そして駅前の喫茶店に入った。
男はもう何も臆する事無く色々喋った。
それは女も同じだった。
話し始めてそれほど経ってはいなかったが、時折笑いが起こるほど既に二人の会話は打ち解けていた。
そしてコーヒーが運ばれ、店員が席から離れたのを見て、男がキッパリと切り出した。

「僕と付き合ってくれませんか?」

男には自信があった。
ここまでの会話の流れから見て、必ず女が首を縦に振るという。

しかし、

この男の予想に反して女は首を横に振った。

『え!? そ、そんなバナナ!?』

男は驚いた。
それから反射的に聞いた。

「ダ、ダメ!?」

女は今度は首を縦に振った。

「アタシたち、今日が最初で最後です」

「・・・」

男は黙っていた。
落胆した顔からは血の気がすっかり失せていた。

「そ、そう。 どうしても?」

再び女が首を縦に振った。

「・・・」

「・・・」

ここで会話が途切れ暫しぎこちない間(ま)があった。
それを破ったのは男だった。
運ばれてコーヒーをたったの一杯だけすすって男がこう言ったのだ。

「出ましょうか?」

女の姿からもうこれ以上何を言ってもムダだと分かったからだ。

つー、まー、りー、・・・

「無駄ーーー!! 無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!」


だと分かったらだ。

女はコーヒーに一度も口を付けぬまま、無言で頷いた。
それから男が伝票を取り、会計を済ませ、外に出て歩き出した。
しかし女は俯いたまま歩こうとしなかった。
男に促されて漸(ようや)く歩き始めた。
本当は女は最初に首を縦に振りたかったのだ。
初めて話した男。
やはり魅力的だった。
それは思っていた以上に。
遥かに思っていた以上に。
そのため女の心は揺れていた。
大きく大きく揺れていた。
だから、本当は女は最初に首を縦に振りたかったのだ。
しかし振らなかった 否 振れなかった。

ナゼか?

その時、女には既にフィアンセがいたからだ。
半年後に挙式を控えた。










でも・・・











第26話 『最初で最後』 お・す・ま・ひ







“君に読む愛の物語” 第25話 『好き』

第25話 『好き』




「ズルいよ、健ちゃん」

女が言った。

「何で?」

男が聞いた。

「『多分な』 なんて答え。 アタシが好きなら、ハッキリ 『好き』 って言って」

「お、おぅ。 い、言ゃ、いいんだな。 言ゃ~。 ハッキリ 『好き』 って」

「うん」

「良し! 分かった!!」

ここで男が女の目をジッと見つめ、胸を張り、

“キリッ!!”

っとして言った。

「オィ! 麻美!! 良っく聞け!! 俺はお前が!!」

ここまではユックリ、ハッキリ、大きい声で。
次いで、口パクで、

「ス、キ」

と続けた。
それに女が焦(じ)れた。

「ぅん、もぅ、健ちゃんたらぁ」

「アハハハハ。 分かったよ、麻美。 チャンと言うよ」

「チャンとだよ」

「あぁ」

ここで男は、

「スゥ~」

っと、大きく息を吸い込んだ。
一瞬止めた。
それから辺りも憚(はばか)らず、大声で叫んだ。
チャン・ドンゴン風に。( https://www.youtube.com/watch?v=FoBJtVx38bg

「アナダが好きで~~~す。 アナダの裸ぐぁ~、大好きで~~~す。 いつまでも変わらないで~。 死ぬほど、好きだだだぁ~」

「アハハハハ。 アハハハハ。 アハハハハ。 ・・・」

「な」

「アハハハハ。 もぅ、健ちゃんたら~。 アハハハハ。 アハハハハ。 アハハハハ。 ・・・」

男がもう一度大声で叫んだ。

「アナダが好きで~~~す。 アナダの笑顔ぐぁ~、大好きで~~~す。 いつまでも変わらないで~。 死ぬほど、好きだだだぁ~」

「アハハハハ。 アハハハハ。 アハハハハ。 ・・・」

男は一言変えていた。

“裸” を “笑顔” に・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・と。。。











第25話 『好き』 お・す・ま・ひ







“君に読む愛の物語” 第24話 『終着駅』

第24話 『終着駅』




女は・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・運命を感じていた。

出会いの妙という。



それは・・・

二年間にわたる片思いの末、もうとっくに諦めていたはずの先輩が。
半年前に高校を卒業してもう二度と会えないと思っていたはずの先輩が。
偶然、女の乗っているバスに乗って来たのだ。
女の胸はときめいた。

『これって、運命の出会いよね』

そう思うと心が弾んだ。
そして、吊革につかまって窓の外を流れて行く景色を見つめているその男の横顔を、女はジッと見つめていた。
それに男が気付いた様子は全くなかった。
男はそのバスに終着駅まで乗っていた。
女も途中で降りる予定を変更し、最後まで乗った。
終着駅はJRの某駅だった。
男がバスを降りるのを見計らってから女も降りた。
男は駅に向かって歩いていた。
別に後を付けるつもりは全くなかったが、気が付けば女は男の後を追っていた。
男の後ろを十分な間隔を取って同じペースで女も歩いた。
こんな事を思いながら。

『どこ行くんだろ?』

そして女がその男との運命に思いを馳せながら後に続いて行くと、突然、男が走り始めた。
反射的に女も走った。
男は駅の券売機には目もくれず、真っ直ぐ改札口を目指していた。
女はどうして良いか分からず、ただ無心で男の後を追った。
既に弾みのついていた尾行の惰性がそうさせたのだ。
女は何も考えず、ひたすら男の後を追った。

すると、男が右手を上げてこう言った。

「ヤア!? 待った?」

それに改札口で待っていた女がこう答えた。

「うぅん。 アタシも今来トコ」

そぅ。

男はそこで、今、付き合っている彼女と待ち合わせていたのだ。
女は既に立ち止まっていた。
遠くからその二人の様子を見ていた。
それから、

(クルッ!!)

男に背を向けその場を後にした。
それから、何事もなかったかのように静かにその場から立ち去った。

フム。

なるほど、

女が運命を感じたのは確かにその通りかも知れない。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・逆の意味で。。。











第24話 『終着駅』 お・す・ま・ひ







“君に読む愛の物語” 第23話 『一番好きなタイプ』

第23話 『一番好きなタイプ』




「オマエの好みはどんなタイプのオスだったっけ?」

と、チョッとふざけて男が女に聞いた。
ならば女はこう答える。

「超ーーー!! カッコいい人に決まってんじゃん」

と、当然チョッとおどけて。
更に女はこうも言う。

「でもホントは、や、さ、し、い、ひ、と・・・かな。 で。 一緒にいて楽しかったら言う事なし」

それから会話はこう続く。

「顔は?」

「そりゃぁ、いいに決まってんじゃん」

「体型?」

「スリムで長身」

「ゥ、ウ~ム」

「健ちゃんとは全然違うね」

「お、おぅ!?」

「クスッ」

「な、何だよ、その笑い?」

「ククククク」

「な、何だよ? き、気持ち悪(わり)ぃヤツだなぁ」

「だって、健ちゃんってば、アタシの好みのタイプ聞く癖に、アタシの好きなタイプ聞かないんだもん」

「え!? 麻美の好きなタイプ?」

「うん」

「それって?」

「フッ。 聞きたい?」

「お、おぅ。 き、聞きたい」

「ホントに聞きたい?」

「お、おぅ。 ホ、ホントに聞きたい」

「ホントにホントに聞きたい?」

「お、おぅ。 ホ、ホントにホントに聞きたい」

「ホントにホントにホントに聞きたい?」

「お、おぅ。 ホ、ホントにホントにホントに聞きたい」

「ど、しよっかなぁ・・・」

「そ、そんなに焦(じ)らすんじゃねぇよ。 ハッキリ言えよ」

「うん。 じゃ、ハッキリ言うね」

「お、おぅ」

「ドジな人」

「え!?」

「で。 可愛い人」

「フ~ン」

「『フ~ン』 って、健ちゃん分かってないなぁ」

「何が?」

「それって健ちゃんの事なんだよ」

「え!?」

「アタシの一番好きなタイプ。 そ、れ、れ、は、アーナーター。 つまり健ちゃん」

「そ、そうかぁ?」

「うん。 嬉しい?」

「お、おぅ。 う、嬉しいぜ」

「そ。 それは良かった」

「お、おぅ」

ここで二人の時間が止まった。

・・・

瞬間、

『ハッ!?』

男は我に返った。
辺りはもう薄暗く、男の周りには誰もいなかった。

そぅ。

男は思い出に浸っていたのだ。
男と女がティーンエイジャーだった頃の思い出に。

それから、

男は手桶の水を柄杓でくみ上げ、それまでスポンジで丹念に汚れを落としておいた墓石に優しく掛けた。
水を三度ほど掛けてからしゃがみ込み、ロウソクを灯(とも)し、線香に火を点け、静かに墓石に向かって手を合わせた。

  表面が・・・・・・加藤家之墓

  裏面に・・・・・・麻美(享年七十五歳)

と刻まれてある・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・妻の眠っている墓石に向かって。。。











第23話 『一番好きなタイプ』 お・す・ま・ひ







“君に読む愛の物語” 第22話 『冬の国立(こくりつ)』

第22話 『冬の国立(こくりつ)』




男は・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・複雑だった。

男は18才の高校三年生でサッカー部員。
そのため公式戦は今年が最後。
そして冬の国立(全国高等学校サッカー選手権大会)を目指していた。
ポジションはゴールキーパー。
だが、
地方選抜の直前、自分の不注意で事故に遭い、指を痛め、ベンチに入る事は出来たがスターティングラインナップからは外れてしまった。
そして本戦突入。
結果は、自分は全く出場せず仕舞(じま)いの一回戦敗退。
7対0とまるで野球の試合のような点差だった。
その結果に対し、先発した控えのキーパー以上に責任を感じていた。
チームメイトの視線が痛い。
敗戦の責任を感じ、落ち込んでいる先発キーパーには同情的だったチームメイトの視線は、

『オメェ、な~んで怪我なんかしちまったんだぁ!? あぁ~ん!? バッカ野郎ー!!』

男には冷たかった。
その冷たい視線を背中に感じ、男は落ち込んでいた。

『あ~ぁ。 最低の冬んなっちまったなぁ。 ったく・・・』

そんな事を思いながら一人で下校しようと校門を出た時、バッタリ、サッカー部のマネージャーの女と出会った。
女は2年後輩の高校一年生。
帰り道が同じだったので、世間話をしながら一緒に帰った。
分かれ道に来た時、

(ピタッ!!)

不意に女が立ち止った。
恥ずかしそうに上目使いで男の目を見つめてこう言った。

「先輩。 あんまり落ち込まないで」

「うん」

「大会のゴールは守れなかったヶど・・・。 もし、良かったら・・・。 その代わりに・・・。 ア、アタシを守って下さい!? キャッ!? 言ったーーーーー!!!!!」

そう言い残して、

「ダァーーーーー!!!!!」

女が逃げるようにその場から走り去った。

「え!?」

突然の女の告白に、一瞬、男はどうリアクションして良いか分からず、ただ走り去って行く女の後姿を見つめていた。

だが、

『ハッ!?』

直ぐ我に返ると、

「ヨッシャー!!」

躍り上がってガッツポーズを取った。

そぅ。

男も又、その女が好きだったのだ。

そしてそれは、その男にとってその最低の冬が・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・最高の冬になった瞬間だった。











第22話 『冬の国立』 お・す・ま・ひ







“君に読む愛の物語” 第21話 『地図』

“君に読む恋の物語” 第21話 『地図』




女は・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・焦(じ)れていた。

そして男に一枚の白紙を突き付けてこう言った。

「地図!?」

男は意味が分からずチョッと困惑した表情を浮かべて聞き返した。

「え!? 地図?」

「そ」

「地図って?」

「これに地図描いてって、言ってんの」

「何の?」

「分かんない?」

「あ、あぁ!?」

「アタシたち何年付き合ってる~?」

「何年って・・・。 えぇっとー? 高1ん時からだから、10年!? 丁度、10年になっかなぁ」

「そ。 10年」

「それと地図と何の関係があんだよ?」

「大ありよ」

「だから何の?」

「アタシたちの将来」

「え!?」

「その紙にアタシたちの将来を描いて頂戴」

「『その紙にアタシたちの将来を描いて頂戴』 って、どうしちゃったんだよ、麻美!? 突然!?」

「いいから描けー!! 何でもいいから描けー!!」

「・・・」

男は訳も分からずジッと手渡された紙を見つめていた。

「・・・」

そんな男を女も先ほどとは打って変わって冷静に見つめていた。
そして男が何かを描き始めた。
それから描く事5分。

「ホィ!? これでええんか?」

そう言いながら女にラフな地図っぽい物を書いて手渡した。
紙には両面に一本の道らしい物が描かれてあった。
どちらも同じで、箱根のいろは坂のように蛇行し、山あり谷ありといった感じの道が雑に書かれてあった。
その紙を指差して男が女に言った。

「どっちでも好きな方を選べ」

すると女は、迷わず表面(おもてめん)を選んだ。
そこには道らしき道の到達点に墓碑銘入りの墓が描かれてあったからだった。
自分と男の名前の墓碑銘入りの墓が。

だが、

現実はその逆になった。

そぅ。

この半年後、二人は別々の道を歩んでいたのだ。
あの時男が描いた紙の裏面のように。
というのも、そこには最後が二股になっている道が描かれてあったのだった。

そして男が・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・そっちを選んだのだ。











第21話 『地図』 お・す・ま・ひ







“君に読む愛の物語” 第20話 『折鶴(おりづる)』

第20話 『折鶴(おりづる)』




男は・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・悪性の癌患者だった。

それも若年性の。
そして余命半年と診断されていた。
男はまだ若干18才、高校三年生だったが既に医者から告知され、自分の病状をシッカリと受け止めていた。
そんな男の入院先に何も知らない同級生たちが激励のための千羽鶴を折って届けてくれていた。
男は毎日その千羽鶴を一羽一羽(いちわ・いちわ)手にとって、それらを繁々(しげしげ)と眺めては、

「ハァ~」

ため息を吐いていた。
そして診断通り半年後に死んだ。

次の日。

その千羽鶴を折った内の一人の女の元を、男の両親が菓子折りを持って訪ねて来た。
そして女に息子が死んだ事を告げた。
それを聞き、愕然とする女。
そんな女に、

「息子がこれを」

そう言って一羽の折鶴を手渡し、お礼を言って帰って行った。
女はその折鶴に見覚えがあった。
それは女がそれまで何度も手渡そうとして出来なかった、その男に書いた恋文で折った鶴だった。
それが帰って来たという事は、間違いなく男がそれを読んだという事を意味していた。
女は目に涙を浮かべながらその恋文で折った鶴を元通りの一枚の紙に戻した。
やはり、間違いなく自分が書いた恋文で折った鶴だった。
何気なく裏返して見るとそこに男の字で何か書いてあった。
涙を拭(ぬぐ)って女がそれを読んだ。

こう書かれてあった。

「麻美へ。 君がこれを読んでいるという事は僕はもうこの世にいないという事だね。 でも、もう一度会いたかったな。 だって、僕も君が好きだったんだ。 だからこの鶴もらって、とっても嬉しかった。 だからもう一度、もう一度だけ、って、無理か。 だって、俺もう、一日の内の大半、薬で意識がないんだ。 痛み止めの薬でね。 だから折角、麻美に会っても分かんないと思うし。 この手紙書くだけで精一杯だし。 だから無理か。 でも、もう一度、もう一度だけって、また言っちゃったね。 ゴメン。 じゃ、そろそろ筆を置くゎ、さっき飲んだ薬で頭がボーっとしてきちゃったから。 で。 病人の俺がこんな事書くのも変なもんだけど、いつまでも元気で、そして幸せに。 それじゃ、サ、ヨ、ナ、ラ。 大好きな麻美へ。 君だけの健一より。。。 あ!? ゴメン。 書き忘れてた。 それは・・・俺のために泣かないで。 これ、俺の最後の頼み。 だから聞いてな。 じゃ、今度こそホントに、サ、ヨ、ナ、ラ。。。 健一」

と。

でも・・・

これを読んで女は・・・











第20話 『折鶴(おりづる)』 お・す・ま・ひ







“君に読む愛の物語” 第19話 『返事』

第19話 『返事』




「じゃぁ、チョッと付き合って」

女が男にそう言った。
それは男のプロポーズに対する女の返事だった。
女の真意がつかめず、

「・・・」

男は黙っていた。
そんな男に女がもう一度言った。

「チョッと付き合って」

「え!? お、おぅ」

今度は男も返事をした。
それから、

「ど、どこに?」

男が聞き返した。

「いいから来て」

そっけなく女がそう言って、男に背を向け、

(スタスタスタスタスタ・・・)

歩き出した。
意味が分からず男が呆然とその後ろ姿を見つめていた。
不意に、

(クルッ!!)

女が振り返った。

「何してんの? アタシの返事聞きたいんでしょ? だったら付いて来て」

「お、おぅ」

予想外の展開に男は力なくそう答え、女の後に続いた。

男と女。

幼馴染(おさななじみ)で同(おな)い年。
今はもう成人してお互い立派な、否、普通に社会人。
一応、恋人同士。
だから男にしてみれば女のこのリアクションは全く思いも寄らなかったのだ。
男の頭の中では、女はてっきり喜んで即OKしてくれるはずだった。

しかしどうだ?
この予想外の展開は?

女は喜ぶどころか、チョッとむくれている。
否、
それどころか、見ようによっては怒っているようにさえ見る。
男は思った。

『こ、こんなはずじゃ・・・』

そして力なく女に従った。

女の向かった先は、二人の住む地域にあるだだっ広い公立公園。
正確にはその公園の中にある林。
時は土曜の午後。
その日は天気が良く、林の中は木漏(こも)れ日が射(さ)していた。
土曜という日柄、公園内には親子連れ、カップル、ベンチに座って日光浴をするお年寄り、ペットを連れて散歩する人たち、あるいはスポーツを楽しむ集団、などなど。
老若男女。
人は大勢いた。
しかし、そういった人たちは林の中へは入ってはこなかった。
というのも、鬱蒼(うっそう)と木が茂っている訳ではないが、林の中は公園の他の場所と比べると若干、雰囲気が暗い所為(せい)だった。
その余り人が寄り付かない公園の林の中、木漏れ日の元、女が何かを探し始めた。
男は淡々とした表情で女の行動を見つめていた。
暫くその状態が続いていたが、突然女が声を上げた。

「あったー!? アッコだアッコだアッコだー!?」

そう言って一本の木に駆け寄り、

「うん。 間違いない!? ココだココだココだ!?」

そう言って、その木の根元にしゃがみ込んだ。
それから地面のある一点を見定めてから、

(クルッ!!)

振り返って男に聞いた。

「ケンちゃん!? ココ、覚えてる?」

「お、おぅ。 タイムカプセル。 覚えてんぜ、ガキンチョの頃、オレら二人でタイムカプセル埋めた場所だ。 それがどうかしたんか?」

「そう。 だから手伝って」

「え!?」

「だから掘り出すの手伝って!? 早く~。 いつまでもそんなトコ突っ立ってないで、早く~」

「お、おぅ」

男はもう、何がなんだかさっぱり訳が分からず女の命令に従う他なかった。
そして、二人して手で地面を掘った。
だが、地面が硬くて思うように掘れない。

「こりゃ、手じゃムリだな。

つー、まー、りー、・・・

『無理ーーー!! 無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理ーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!』

だな」

そう言って男がポケットから携帯用の金属製靴ベラを取り出した。

「麻美。 チョッと退(ど)いてみ。 コイツで一丁」

男が靴ベラを使って地面を掘り始めた。
これはナイスアイデアだった。
手と違い、結構掘るのが捗(はかど)った。
といっても手と比べたらの話ではあるが。

そして男が悪戦苦闘する事10分。

(カチッ!!)

靴ベラの先が何か固い物に当たった。

「お!?」

反射的に男が一声、声を上げ、靴ベラを横に置いて手でその何かを掘り出し始めた。

更に3分後。

男が周りをガッチリとアルミ箔に包(くる)まれた素焼きのツボを掘り出した。
泥だらけのアルミ箔を取り去り、ツボを女に差し出して男が聞いた。

「ホィッ!? コレッ!? コレが、このツボがオマエの返事だってのか?」

「うん。 中、見て」

「お、おぅ」

ツボの中は若干、湿り気はあったものの頑丈に巻かれたアルミ箔のお蔭で、水滴が垂れるほどには湿ってはいなかった。
男が地面に向けツボを引っくり返すと中から、

(ジャラジャラジャラ・・・ バサッ!!)

男が入れておいたビー玉とメンコの束が地面に転がった。
それに続いて、

(パサッ!!)

和紙で出来た手作りの封筒が1通地面に落ちた。
男がそれを右手親指と人差し指の先っぽで摘(つま)み上げた時、女が言った。

「それが返事。 アタシの返事」

一瞬、

『ヌッ!?』

男は驚いた。
だが、直ぐにその封筒を一旦地面の上に置き、それから急いでポケットからティッシュを取出し、手に着いている土を可能な限り拭(ふ)き取った。
それは出来るだけ封筒とその中に入っているであろう麻美の返事が書かれてあると思われる物を汚したくないという思いからだった。
手に着いた土を拭き取り終わってから、男が封筒の封を切り、中を見た。
思った通り、中には手紙が入っていた。
その手紙もやはり和紙だった。
封筒も手紙も多少湿っぽかったが封を切ったり、開くのに支障は全くなかった。
開き終わった手紙を男が読んだ。
こう書かれてあった。

「アタシ、ケンちゃんのお嫁さんになりたい。 だからケンちゃん、いつかアタシを迎えに来てね」

これを読み、男は目頭に熱い物を感じた。
女の目を見た。
女の目頭も熱かった、男以上に。

その自分よりも目頭を熱くしている女に何も言わず、

(スゥ~)

男は手を伸ばし、

(ギュ~)

力強く抱き締めた。

「・・・」

女は両腕を男の胸に当てた状態で、黙ったまま泣いていた。

(ギュッ!!)

男は女を抱き締めている手に力を込めた。
すると、

(ピュ~)

二人の周りを一陣の風が舞った。

そして、

「・・・」

「・・・」

時間が止まった。

もう一度、

(ピュ~)

二人の周りを一陣の風が舞った。
それが合図ででもあったかのように、

(スゥ~)

女が顔を上げ、男の目を見つめた。
男も女の目を見つめていた。

「・・・」

「・・・」

先に口を開いたのは女だった。

「遅いよ!?」

「え!?」

「アタシの事、迎えに来るの遅いよ!? アタシ、ズーッと待ってたんだから。 アタシたち、もう25だよ。 遅いよ、ケンちゃん。 アタシを迎えに来るの・・・。 遅いよ。 ェッ、ェッ、ェッ、・・・」

女が小声で泣き始めた。
それから女が両腕を男の体に回した。
今度は男が言った。

「ゴメン」

そしてもう一度女を抱き締めている腕に力を込めた。

辺りには、そして二人の傍には誰もいない。

ただ、

(サワサワサワサワサワ・・・)

聞き耳を立てないと聞こえないほど微(かす)かな音を立てて、木の葉が揺れているだけだった。
二人の周りを、二人だけのために、まるで二人を祝福するかのように舞っている風に吹かれて、木の葉が揺れているだけだった。

ただ、

(サワサワサワサワサワ・・・)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・と。。。











第19話 『返事』 お・す・ま・ひ







“君に読む愛の物語” 第18話 『隣り』

第18話 『隣り』




男は黙ってジッと女を見ていた。
こんな事を考えながら。

『麻美。 綺麗になったな~。 恋人でも出来たんかな~? まぁ、いても不思議はねぇよな、あの綺麗さじゃ』

とかなんとか。

その女の名は、朝霧麻美(あさぎり・あさみ)。
男は、加藤健一(かとう・けんいち)。
二人は幼馴染で同級生。
それも小・中・高とズ~ッと同(おんな)じ学校で、今は高校二年。
クラスは違っていた。
今日はたまたま入った図書室に麻美がいたのだ。
席に着き、本を読んでいる麻美の横顔を見ながら健一は思っていた。

『そう言やぁ、昔はいっつも一緒に帰ってたっけ・・・。 もう一緒に帰んなくなって1年以上か~。 な~んか、つまんねぇな~』

健一は暫(しば)し麻美の横顔に見入っていた。

突然、

(サッ!!)

顔を上げ、麻美が健一を見た。
視線を感じての事だった。
二人の目が合った。

『お!?』

一瞬ひるむ健一。

その健一を手招きして呼ぶ麻美。
照れ臭そうに健一が麻美の座っている席に近付いた。
そのしぐさが面白かったのか、ニッコリ笑って麻美が言った。

「健ちゃん。 アタシの隣りあいてるよ」

「お、おぅ」

健一は座るのを一瞬躊躇(いっしゅん・ためら)った。
そんな健一に麻美が追い打ちを掛けた。

「今までズ~ッと空いてたんだよ、ア、タ、シ、の、と、な、り。 ズ~ッと待ってたんだよ、アー、ター、シー」

「ん?」

「ここっ!? ここは健ちゃんの指定席。 健ちゃんだけのね」

「え!?」

「やっと来てくれたね」

「・・・」

「お話ししよ。 でも、ここじゃ話せないから、外出(そと・で)よ」

「お、おぅ」

終始(しゅうし)麻美ペースで、初めはぎこちなかった健一だったが、それはそれ、相手が幼馴染の麻美だけにすぐに打ち解けた。
それから二人は並んで校舎を後にした。
久しぶりに二人並んでだ。

そして、

それからズ~ッとズ~ッと・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・いつまでもいつまでも。

そぅ。

麻美の隣りはズッとズッとズ~ッと、そして、いつまでもいつまでもいつまでも健一の、健一だけの指定席だったのだ。
だからその時まで麻美は、ズッとズッとズ~ッと健一を待ち続けていたのだった。

だが同時に、

健一の隣りも又、ズッとズッとズ~ッと空いていた。

だってそこは・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・麻美だけの指定席だったから。











第18話 『隣り』 お・す・ま・ひ







“君に読む愛の物語” 第17話 『追伸』

第17話 『追伸』




「おじさん、おばさん!? 麻美、麻美は!? 麻美は麻美は麻美は!?」

そう叫びながら男が病室に飛び込んで来た。
女の両親は俯(うつむ)き、涙を流しながら小さく2、3度、首を横に振った。
男の視線の先にある病院のベッド上には、全く動く気配を見せずに静かに横たわっている女の姿があった。
その姿はまるで眠っているかのようだった。

「麻美!?」

男が女のベッドに駆け寄った。
しかし、
男のその呼びかけに応じて女が目を明ける事はなかった。
否、それどころか微動だにしなかった。
男は女の横たわっているベッドの傍らに膝をつき、声を殺して泣いた。
暫(しば)しの間、その病室は異様な緊張感に包まれた。
誰も動こうとはぜず、喋ろうともしなかった。
医者も看護師もその女の両親も、そして男も。
そこは都内にある大病院の癌病棟。
たった今、
危篤の知らせを受けた男が全ての用事をキャンセルして駆け付け、女の病室に飛び込んだホンのチョッと前、
女が息を引き取ったのだった。
女に死なれたショックと死に目に会えなかった悔しさで男が声を殺し、女の枕元に膝間付き、小刻みに体を震わせて泣いていた。
そんな男に女の母親が近付き、声を掛けた。

「健ちゃん」

その声に反応し、黙って、そしてゆっくりと男が振り返り顔を上げて女の母親の顔を見た。
すると、

「これ、麻美から」

そう言いながら母親が男に一通の封筒を差し出した。
男は右手で涙を拭(ぬぐ)い、ユックリと立ち上がり、その封筒を受け取った。
そして一度女の顔を見てからその封筒を切り、中から手紙を抜き出し、もう一度、涙を拭ってからその手紙を読み始めた。
その手紙にはこう書かれてあった。


  健ちゃんへ

  ごめんね、健ちゃん

  アタシもうダメみたい

  肺に水が溜まっちゃった

  末期の癌で肺に水が溜まったら、もうダメなんだって

  ごめんね、健ちゃん

  ホントにごめんね

  アタシの人生ってたったの20年だったけど

  でも・・・

  健ちゃんがいてくれたおかげで

  とっても幸せでした

  いつもワタシを笑わせてくれて、楽しませてくれて、励ましてくれて

  そして

  生きる勇気をくれて・・・

  だからワタシはと~っても幸せでした

  でも

  その分、健ちゃんには重荷だったかな?

  だったら嫌だな

  だって、アタシいつも健ちゃんのお荷物だったから

  だからアタシ今、神様にお願いしちゃった

  ワタシが生きてる間にもう一度

  もう一度だけ、健ちゃんに会わせて下さいって

  健ちゃんにお礼とお詫びをするチャンスを下さいって

  でも

  多分、ムリかな

  きっとムリだと思う

  だから今、この手紙を認(したた)めてます

  健ちゃん

  大好きな健ちゃん

  今まで

  ホントにホントにホントに アリガト

  そして

  ホントにホントにホントに ごめんね

  ワタシ、我がままば~っかりで

  だからついでにもう一回、ワタシの我がまま聞いて下さい

  ワタシの我がまま、それは・・・

  ワタシの事はもう忘れて

  そして

  次の恋を見つけて

  いい人見つけて

  健ちゃんなら絶対見つかるよ、いい人

  だって、健ちゃんって

  優しくって ハンサムで カッコ良くって

  それより何より

  このワタシがだ~~~い好きになった人なんだもの

  だからもう、ワタシの事は忘れて次の恋を探してね

  いい人見つかるといいね、健ちゃん

  きっと見つかるよ、健ちゃんなら

  じゃぁね、健ちゃん

  サ、ヨ、ナ、ラ


男はもうこれ以上手紙を読む事が出来なかった。
拭ってもう拭っても涙が邪魔をするのだ。

しかし、

この手紙にはまだその先があった。
追伸が残っていたのだ。

そぅ。

追伸が・・・


  追伸

  あ、もう一つ

  最後にあともう一つ、ワタシの我がまま聞いてね

  ホントに最後の最後まで我がままばっかりでごめんね

  でも

  これがホントに最後の我がままです

  ホントにホントにホントに最後の我がままです

  だから、お願い

  聞いてね、健ちゃん

  ワタシの最後の我がまま

  それは

  ワタシのために涙だけは絶対に流さないで下さい

  お願い、健ちゃん

  ワタシのために涙だけは・・・絶対に

  じゃぁね、健ちゃん

  今度こそホントに

  サ、ヨ、ナ、ラ

  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・麻美


だが、

男にとってそれは、パーフェクトまでに・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・無理な注文だった。

つー、まー、りー、・・・

『無理ーーー!! 無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理ーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!』


な注文だった。


ポロ

ポロポロ

ポロポロポロ

  ・・・

「麻美ーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!」











第17話 『追伸』 お・す・ま・ひ







“君に読む愛の物語” 第16話 『三つの願い ②』

第16話 『三つの願い ②』




このお話は、 “第15話 『三つの願い ①』” のつづき death




女も・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・夢を見ていた。

辺りに人っ子一人(ひとっこ・ひとり)いない夕暮れ時の浜辺の夢だった。

女はその浜辺に一人佇(たたず)んでいた。
ふと足元を見ると、古っちゃけたランプが転がっていた。
女がそれを拾うため屈(かが)もうと思ったら、もう既にそのランプを右手でつかんでいた。
ランプは良く見ると砂だらけだった。
女はその砂を左手で丁寧に払った。

瞬間、

(モァモァモァモァモァ・・・。 ポヨヨ~~~ン)

煙と共にランプの中から奇妙な風体のオッサンが飛び出して来た。
といっても、その時女がそう感じただけで、そのオッサンの風体は定かではなかった。
確かに目が合っているのだが、合っているかどうかも分からなかった。

不意にオッサンが話し掛けて来た。

「オメェか!? ランプを擦(こす)ったのは?」

「・・・」

女は特に驚いた様子も見せずに、何となく黙っていた。
それを見てオッサンが一方的に話し掛けて来た。

「オラの名は、ポヨヨン大魔王である!!


つー、まー、りー、・・・


『オラーーー!! オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!』



の名は、ポヨヨン大魔王である!! 叶えてやるから願い事を三つ言え!!」」

「・・・」

相変わらず女は何となく黙っていた。
ポヨヨン大魔王が急(せ)かせた。

「三つだ!! 何でもいい早く三つ言え!!」

女は言葉ではなく何となくこう思った。

『下痢症が治るかなぁ?』

「ウム」

大魔王は頷(うなづ)くと何かブツブツ言っていた。
こんな感じ事を。

「異聞罰宇田(いぶんばつうた) 数加良部流雨呪(すからべるうじゅ)!!」

女に特に変わった様子はなかった。
そんな女に大魔王が言った。

「二つ目を言え!!」

再び女は何となくこう思った。

『いぼ痔が治るといいなぁ』

「ウム」

大魔王は頷(うなづ)くと何かブツブツ言っていた。
こんな感じ事を。

「異聞罰宇田(いぶんばつうた) 数加良部流雨呪(すからべるうじゅ)!!」 

女に特に変わった様子はなかった。
そんな女に大魔王が言った。

「三つ目を言え!!」

ここで女は夢の中のはずなのにナゼか急にリアルな思考をするようになった。
俗にいう “明晰夢(めいせきむ)” というヤツだ。
そして今度は大魔王の目をシッカリと、

(ギン!!)

見据え、ハッキリと言葉を出してこう言った。

「幸せ!! アタシ幸せになりたい!!」

これを聞き、

「ウム」

大魔王が満足そうに頷くと何かブツブツ言っていた。
こんな感じ事を。

「異聞罰宇田(いぶんばつうた) 数加良部流雨呪(すからべるうじゅ)!!」

その時、

『ハッ!?』

女の目が覚めた。
女が呟(つぶや)いた。

「ゆ、夢か~。 フゥ~。 それにしても変な夢。 でも、何であんな事思ったんだろ? 別にアタシ、下痢症でもなければいぼ痔でもないのに・・・。 ったく、変な夢」

その時、

(ピコピコ ピコピコ ピッ、コッコ  ピコピコ ピコピコ ピッ、コッコ  ・・・)

携帯が鳴った。
急いで枕元に置いておいた携帯をつかんだ。
発信者は今、女が通っている高校のクラスメートの男子の、

『ケンちゃん』

だった。

「ハィ!? もしもし・・・?」

女が話し掛けた。
すると、電話主の男がキッパリとこう言った。

「あ!? 麻美!? オ、オラ!? あ!? い、否。 オ、オレ!? あ!? い、否。 ボ、ボク!?


つー、まー、りー、・・・


『オラーーー!! オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!』



あ!? い、否。 オ、オレ!? あ!? い、否。 ボ、ボク!?」

「え!?」

突然のこの男の改まった妙な口調に女はチョッと驚いた。
そして怪訝そうに聞いた。

「ケ、ケンちゃんだよね!?」

「あ、あぁ」

「どしたの? 今頃? 何そんなに焦ってんの?」

「あ、あぁ。 オ、オレさぁ。 ホ、ホントはこんな事、で、電話で言うべきじゃないの分かってんだヶどさぁ。 オ、オマエの顔見て言う勇気ないんで、電話で勘弁な。 オ、オレさぁ・・・」

ここで男が口ごもった。
だから再び女が聞いた。

「どしたの、ケンちゃん? そんなに改まっちゃって? 何か変だよ? 言いたい事って?」

すると男がチャンドンゴン風に(といっても、この頃、全く、姿見んから知らん人は知らんかもね)こんなワケワカメな事を叫んで来た。

「オ、オ、オ、オレさぁ・・・。 オ、オ、オ、オレオレ・・・。 オ、オ、オ、オレだょオレオレ・・・。 オ、オ、オ、オマエが好きだー!! オマエが大好きだー!! アダダが好きで~~~す。 アダダの裸ぐぁ~、大好きで~~~す。 いつまでも変わらないで~。 死ぬほど、好きだだだぁ~」

「え!?」

余りに突然の事に、

「・・・」

女は驚いて絶句した。

「・・・」

男も黙っていた。

しか~~~し、

実を言えば、女は男のその気持ちにとっくに気付いていた。
そして男が勇気を出してくれるのズーッと待ち続けていたのだった・・・3年間も。
女も又、男が好きだったのだ。
そして3年という長きに亘(わた)って待ちに待った瞬間が、終に女の元に訪れたのだった。
女はこの思わぬ出来事に舞い上がり、幸せの絶頂に達し、思わずガッツポーズを取っていた。

そぅ。

この時、女の三つ目の願いだけは・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・見事、叶ったのである。。。(ポルナレフみたく・・・)











第16話 『三つの願い ①・②』 お・す・ま・ひ







“君に読む愛の物語” 第15話 『三つの願い ①』

第15話 『三つの願い ①』




男は・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・夢を見ていた。

辺りに人っ子一人(ひとっこ・ひとり)いない夕暮れ時の浜辺の夢だった。

男はその浜辺に一人佇(たたず)んでいた。
ふと足元を見ると、古っちゃけたランプが転がっていた。
男がそれを拾うため屈(かが)もうと思ったら、もう既にそのランプを右手でつかんでいた。
ランプは良く見ると砂だらけだった。
男はその砂を左手で丁寧に払った。

瞬間、

(モァモァモァモァモァ・・・。 ポヨヨ~~~ン)

煙と共にランプの中から奇妙な風体のオッサンが飛び出して来た。
といっても、その時男がそう感じただけで、そのオッサンの風体は定かではなかった。
確かに目が合っているのだが、合っているかどうかも分からなかった。

不意にオッサンが話し掛けて来た。

「オメェか!? ランプを擦(こす)ったのは?」

「・・・」

男は特に驚いた様子も見せずに、何となく黙っていた。
それを見てオッサンが一方的に話し掛けて来た。

「オラの名は、ポヨヨン大魔王である!!


つー、まー、りー、・・・


『オラーーー!! オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!』



の名は、ポヨヨン大魔王である!! 叶えてやるから願い事を三つ言え!!」」

「・・・」

相変わらず男は何となく黙っていた。
ポヨヨン大魔王が急(せ)かせた。

「三つだ!! 何でもいい早く三つ言え!!」

男は言葉ではなく何となくこう思った。

『便秘症が治るかなぁ?』

「ウム」

大魔王は頷(うなづ)くと何かブツブツ言っていた。
こんな感じ事を。

「異聞罰宇田(いぶんばつうた) 数加良部流雨呪(すからべるうじゅ)!!」

男に特に変わった様子はなかった。
そんな男に大魔王が言った。

「二つ目を言え!!」

再び男は何となくこう思った。

『切れ痔が治るといいなぁ』

「ウム」

大魔王は頷(うなづ)くと何かブツブツ言っていた。
こんな感じ事を。

「異聞罰宇田(いぶんばつうた) 数加良部流雨呪(すからべるうじゅ)!!」

男に特に変わった様子はなかった。
そんな男に大魔王が言った。

「三つ目を言え!!」

ここで男は夢の中のはずなのにナゼか急にリアルな思考をするようになった。
俗にいう “明晰夢(めいせきむ)” というヤツだ。
そして今度は大魔王の目をシッカリと、

(ギン!!)

見据え、ハッキリと言葉を出してこう言った。

「憧れのあの娘に告白する勇気!!」

これを聞き、

「ウム」

大魔王が満足そうに頷くと何かブツブツ言っていた。
こんな感じ事を。

「異聞罰宇田(いぶんばつうた)  数加良部流雨呪(すからべるうじゅ)!!」

その時、

『ハッ!?』

男の目が覚めた。
それから呟(つぶや)いた。

「ゆ、夢か~。 フゥ~。 それにしてもなんとリアルな・・・」

その時、

(グゥー!!  キュルルルル!!)

突然腹が鳴り、超強烈な便意を催した。
男は勢い良く、

(ガバッ!!)

布団を撥(は)ね、一目散にトイレに飛び込んだ。
間一髪セーフ。

(ブリーッ!! ブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!)

三日ぶりの大安産だった。
デカくて、太くて、長くて、臭~い、堂々たる排泄物だった。
しかも、そんなものを排泄したらいつもなら、

「ピッ!!」

っと痔が切れて便器が真っ赤になるはずが、全くそうはなってはいなかった。

『こ、これは・・・!? も、もしや、さっきの夢は霊夢!? と、すればあの娘に・・・』

そんな事を思って、男はトイレから出て来て手を洗うと直ぐ時計を見た。
針は夜の11時を既に回っていた。
男は思った。

『今なら電話してもまだダイジョブ・・・かな? ・・・。 ウ~ム。 ・・・。 ウン!? ダイジョブだ!? 掛けちゃえ!!』

急いで男は携帯を取り出し、高校一年から三年までの三年間ズーッと憧れ続けている同級生のあの娘の番号を打ち込もう思った。

だが実際は、

そうはせず暫(しば)しその携帯を眺めていた。
というのも普段ならここで怯(ひる)むはずが、ナゼか今回に限って全くその感覚が起こらないのだ。
それが却(かえ)って気持ち悪かった。
今まで何回もチャレンジしようと思ってはここで怯んでいたのに。
意識は先ほどの、

(ブリーッ!! ブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!)

のお蔭で寝覚めからバッチリ覚め、ハッキリしていた。
だから眠気がその原因ではないのは確かだった。
しかし余りの平静さと言うか無関心さとでも言った方がいいのか、そのわけのわからない感覚に却って今一(いまいち)、踏ん切りがつかないでいた。
そして暫しその状態が続いてから、

『ウム』

軽く頷き、漸(ようや)く心を決めて携帯に憧れのあの娘の番号を打ち込んだ。

(トゥルルルル、トゥルルルル、トゥルルルル、トゥルル・・・)

3回コールの後、4回目が始まってから、

(カチャ!!)

彼女が出た。

「ハィ!? もしもし・・・?」

「あ!? 麻美!? オ、オラ!? あ!? い、否。 オ、オレ!? あ!? い、否。 ボ、ボク!?


つー、まー、りー、・・・


『オラーーー!! オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!』



あ!? い、否。 オ、オレ!? あ!? い、否。 ボ、ボク!?」

「え!?」

『ハッ!? し、いまった!?』

男は最初のつまづきで、先ほど感じた平静さを瞬時に失い、一気にいつもの臆病風に吹かれてしまった。

が、

乗り掛かった船。
臆病風に吹かれながらも既に就いてしまっている推進力。
もう後へは引き返せない。
男はパニックになりながらも、

『な、なんとかしなきゃぁ!? ファ、ファィト~~~』

超情けな~く、そう自分に言い聞かせ、気持ちを立て直そうと、

「スゥ~。 ハァ~」

一度大きく深呼吸をした。
そんなワケワカメ状態の男に怪訝そうに女が聞いた。

「ケ、ケンちゃんだよね!?」

「あ、あぁ」

「どしたの? 今頃? 何そんなに焦ってんの?」

「あ、あぁ。 オ、オレさぁ。 ホ、ホントはこんな事・・・。 で、電話で言うべきじゃないの分かってんだヶどさぁ。 オ、オマエの顔見て言う勇気ないんで、電話で勘弁な。 オ、オレさぁ・・・」

ここで男が口ごもった。
だから再び女が聞いた。

「どしたの、ケンちゃん? そんなに改まっちゃって? 何か変だよ? 言いたい事って?」

ここで終に男が漢(おとこ)になった。
勇気を奮い起こしてあのチャンドンゴン風に(といっても、この頃、全く、姿見んから知らん人は知らんかもね)雄叫(おたけ)びを上げた。
こんな分かったような分かんないような事を。

「オ、オ、オ、オレさぁ・・・。 オ、オ、オ、オレオレ・・・。 オ、オ、オ、オレだよオレオレ・・・。 オ、オ、オ、オマエが好きだー!! オマエが大好きだー!! アダダが好きで~~~す。 アダダの裸ぐぁ~、大好きで~~~す。 いつまでも変わらないで~。 死ぬほど、好きだだだぁ~」

「え!?」

「・・・」

「・・・」

そして、

それと相前後して・・・











第16話 『三つの願い ②』 に!? つづく







“君に読む愛の物語” 第14話 『暗証番号』

第14話 『暗証番号』




女は・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・良心が咎めていた。

最近、

付き合っている男の様子が変だった。
冷たくなっていた。
というより、前ほど会ってはくれなくなったのだ。
理由を聞くと、

「仕事が忙しい!?」

の一点張り。

女は不安だった。
男の浮気が心配だった。
心変わりはもっと心配だった。
その不安を晴らそうとホテルでデートの時、隙を見てこっそりスーツから取り出して男の携帯を見た。
しかしロックが掛かっていて中に入れない。
仕方がないので携帯を元に戻し、何事もなかったかのような素振りをしながらチャンスを待った。

やがて好機到来。

その携帯に電話が掛かって来たのだ。
一瞬、女はドキッとした。

『女からか!?』

そう思って。
しかし女にのんびりしている暇はない。
直ぐに行動に移らなければならない。
電話に出るため、当然男はロックを解除する。
しかも解除までの時間はホンの一瞬。
だから大袈裟ではなく一刻を争うのだ。
そしてここぞとばかりに女は気付かれないよう息を殺して慎重に、座って携帯を操作している男の背後に回り込み、運良くそこに設置してあったドレッサーに向かって髪をブラッシングするフリをしながらソッと覗き見た。
女がそんな事を考え、ましてや自分の携帯を覗き見ているなどとは露知らず、男は無防備にそしてユックリと暗証番号を打ち込んだ。

『良し!? 計画通り!?』

思わず女はほくそ笑んだ。
バレずに上手く暗証番号をゲットする事が出来たのだ。
後は何食わぬ顔で男がシャワーを浴びるのを待てばいいだけだった。
話の内容から電話の相手は女の心配するような相手ではなく、どうやら仕事がらみの人間のようだった。
そして男がシャワーを浴びている隙を見計らってもう一度、男のスーツから携帯を取出し、電源を入れ、ロックを解除した。
残るはメールチェックのみ。

だが、

ナゼか女はメールを見るのを躊躇(ためら)い、ジッと携帯を見つめていた。
そしてそのまま見る事なく電源を切り、再び携帯を元に戻してしまった。
暫(しばら)くして、男がバスタオルで体を拭き拭き部屋に戻って来た。
いきなり女は、まだ完全にお湯を拭き切っていない男の体に抱き付いた。
女のその突然の行動の意味が分からず、男はチョッと困惑していた。
構わず女は、男の背後に回した手に力を込めた。
それは女の咎めた良心による無意識の行為だった。
女は恥じていたのだ、男の携帯を覗き見た事を。

暗証番号が・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・自分の誕生日だったから。











第14話 『暗証番号』 お・す・ま・ひ







“君に読む愛の物語” 第13話 『アトラクション』

第13話 『アトラクション』




「キャーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!」

女は・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・怯(おび)えていた。

といっても、決して暴力的な意味ではない。
そこはお化け屋敷。
東京は練馬区にある “年増園(としま・えん)遊園地” 内のアトラクションの一つだ。
女はそこへ友達の女3人、男3人のグループで遊びに来ていた。
全員同じ高校のクラスメイト。
そして男どもが嫌がる女たちを無理矢理お化け屋敷に連れ込んだのだった。


つー、まー、りー、・・・


無理ーーー!! 無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理ーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!

「矢理ーーー!! 矢理矢理矢理矢理矢理矢理矢理矢理矢理矢理矢理矢理矢理矢理矢理矢理矢理矢理矢理矢理矢理矢理矢理矢理矢理矢理矢理矢理矢理矢理矢理矢理矢理矢理矢理矢理矢理矢理矢理矢理矢理矢理矢理矢理矢理矢理矢理矢理ーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!


お化け屋敷に連れ込んだのだった。

そぅ。

女たちをキャーキャー言わせたくて。
キャーキャー怯(おび)えながらお化けから逃げ回る女たちの姿が見たくて。
もっとも、本音を言えば女たちも素直に 『うん』 と言わなかっただけで、実の所お化け屋敷は嫌ではなかった。
というよりも、怖いもの見たさの興味津々(きょうみ・しんしん)丸。
本当は入りたかったのだ。
でも、そこはそこ、女の子としてはチョッと嫌がった方が、

『きっとカワユク見えるよね』

気分で無理矢理連れ込まれたフリをしていただけだった。

さてこの6人だが、それぞれカップル同士という訳ではない。
同じクラスの気の合うもん同士がたまたま一緒にというレベルだった。
だからそれなりに結構楽しかった。

and now, in the haunted house

つまり、

今、

お化け屋敷の中。

で!?

3人の内の一人の女が叫んだ。

「キャーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!」

と大声で全身を強張(こわば)らせて。

そして、

弾みでこの女、チョッとよろめいてしまった。
透かさず、というか、たまたまと言った方がいいのか?
男3人の内の一人に身を預ける形になった。

と、すると!?

このスチェーション。
男も男で悪い気はしない。
絶対にする訳がない。
というか、

『 Oh! My God! Lucky chance! 』

と、超絶喜んでの待ってましたでございました DEATH ハィ~。

『う、嬉しいぜ!? こ、これですよ、これ!? こ、これを待ってたんですよ!? こ、これを!?』

ここぞとばかりに女を抱き締めた。
そして、

『女って、柔らけぇよな~。 いい匂いがするし・・・』

ナンゾと感触を楽しみながら、

「ちぇっ。 情けないヤッチャなぁ」

とか何とか嬉しさをかみ殺してそう言って、チョッと頼れる男を演じてみた。

だがその時、

二人の目が合った。

瞬間、

『!?』

『!?』

フム。

これが運命のいたずらと言うべきか?

それとも、

「 C'est la vie. (セ・ラ・ビ)!?」 (人生なんてそんなもんさ)

とでも言った方がいいのか?

女が男に身を預けた正にその瞬間から。
男が女を抱き締めた正にその直後から。

二人のハートは仲良く一緒にトリップ。
二人の世界へ。
二人だけの世界へ。

だから、

もうこの二人の目には、お化けなんか全く見えない、見えても目に入らない、目に入る訳がない。

勿論、周りも。。。










チャンチャン。。。











第13話 『アトラクション』 お・す・ま・ひ







“君に読む愛の物語” 第12話 『返事』

第12話 『返事』




「悪いヶど・・・」

それが男の返事だった。
女が手渡したラブレターへの。

女はその返事を頷いたまま黙って聞いていた。
二人の間に気まずい空気が漂った。

「うん」

とだけ言って女はその場を後にした。
立ち去る女のその後ろ姿を男は寂しそうに見つめていた。
男と女。
それは同じ高校の同級生。
放課後、校舎の屋上での出来事。

女は深く物思いに沈みながら階段を下って行った。
正面玄関まで来ると親友のA子が待っていた。
物言いたげに自分を見つめているA子に女が一言こう言った。

「ダメだったよ」

瞬間、

A子の目から涙が溢れ出した。
どうして良いか分からず、反射的に女はA子を抱き締めた。
女の胸の中で、

「ェッ、ェッ、ェッ、・・・」

A子が泣いている。
そのA子を抱き締めながら女も泣いた。
先ほどのラブレターは、実は女がA子に頼まれて幼馴染の男に手渡した物だった。

しかし、

女は深く後悔していた。
こんな事を頼まれて初めて、女は男に対する本当の気持ちに気が付いたのだから。
女も又、男が好きだったのだ。
幼馴染で、小中高と同じ学校。
まるで実の兄妹のようにズッと接して来た二人。
そんな二人だからこそ、かえって気付かなかったのかも知れない。
自分が男を深く愛していた事に。
だから女は本当はそんな恋の伝書鳩みたいな事はしたくはなかった。
でも、どうしても断る事が出来なかった。
たった一人の親友の頼みだったから。

女は複雑だった。

男が断った。
正直それは嬉しかった。
だが今、自分の胸で泣いているA子の気持ちを思うと可哀そうで辛かった。
一しきり泣いてA子が落ち着いたのを見計らって、

「帰ろっか?」

A子に優しくそう言った。

「ぅん」

殆ど聞き取れないほど小さい声でA子が頷いた。
そのA子の肩を抱き、A子の体重を感じながら女は校舎を後にした。

だが、

その二人を屋上からジッと見つめている男がいた。
先ほどの男だ。

そして、

女とA子が視界から消える同時に、

「ハァ~」

男が寂しそうにため息を吐いた。
その横顔は悲しそうだった。
男の顔からは血の気も失せているように思われた。

そぅ。

男も又・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・その女が好きだったのだ。











第12話 『返事』 お・す・ま・ひ







“君に読む愛の物語” 第11話 『酒』

第11話 『酒』




男は・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・酒に溺れていた。

その晩、男は飲まずにはいられなかった。
こみ上げて来る感情をどうしても抑える事が出来なかった。
だから酒に助けを求めた。

しかし、

いつもと違って全く酔わない、酔えない。
どうしても女の顔が頭から離れない。
普段ならとっくに酔い潰れてもいいほど飲んだはずなのに。
気分が高揚して酒が効かない。

時は深夜。

だから、遅すぎて話し相手になってもらうために誰にも電話は出来ない。
相手が例え大の親友であろうとも。
今味わっているどうしようもない高揚感を、自力で始末しなければならないのだ。

だが、

それが上手く出来ない。
だから、酒を浴びるほど飲まなければならなかった。
そして飲んだ。
飲んで飲んで酔い潰れるまで飲んだ。

さて、翌日。

男は二日酔いで吐きまくった。
当然だ。
限界を超えて飲みまくったのだから。
しかし気持ちは悪いが気分は違っていた。
それは自棄酒(やけざけ)ではなかったのだ。

昨夜、

男は人生初の大ドラマを、それこそ大げさではなく、その男にとってみればそれは紛れもなく命がけの大ドラマを経験したのだった。
大好きな女に告白するという。
男にとってそれは清水の舞台からの 否 地上千メートルからのパラシュートなしでのダイブだった。
目は血走り、全身ガチガチ、冷や汗タラタラ、心臓バクバク、手に汗握り、勇気を奮い起こし、大袈裟ではなく本当に命を懸けて男は大好きな女にたったの一言、叫ぶようにこう言った。

「ぼ、ぼ、ぼ、僕はー!! き、き、き、君が好きだーーー!!!」

その告白に、

「フッ」

女は笑った。

「・・・」

その女の予想外のリアクションに男はその場で固まった。
男は初心(うぶ)だった。
だから、愛の告白にまさか笑いで返されるとは全く思っていなかったのだ。
想像だにしていなかったのだ。
その女のリアクションにどう反応して良いか分からず、ガチガチに固まっている男の目を見据えて追い打ちを掛けるように女がこう言った。

「か~わい」

「へ!?」

「アタシも、ア、ナ、タ、が、すー、き」

「・・・」

男は目が点になったていた。
気持ちが通じたのだ。
愛が叶ったのだ。
男の恋は叶わぬ夢ではなかったのだ。

瞬間、

「ばばば、ばんざーーーーーーーーーーい!!!!!!!!!! 万歳万歳万ざーーーーーーーーーーい!!!!!!!!!!」

男は何も考えず、周りを一切気にせず、その場で小躍りして 否 跳ね回って喜びを全身で表した。
俗に言う、

『屐歯(げきし)の折るるを覚えず』 (注 : 狂喜乱舞して下駄の歯が欠けたのも気付かぬほどだった ← 『十八史略/謝安卒す』より)

状態で。

当然だ!?

だってそうだろ!?

男にとってそれは、その瞬間は・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・大好きな憧れのあの女(ひと)が恋人に変わった瞬間だったんだから。。。











第11話 『酒』 お・す・ま・ひ







“君に読む愛の物語” 第10話 『夜釣り』

第10話 『夜釣り』




女は・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・一人ポツンと海岸線にしゃがみ込んでジッと海を見つめていた。

それからそれまで手に抱えていた花束を優しくソッと海に流した。
そこは昔、その女の恋人が死んだ場所だった。

5年前。

女は男とその海にキャンプを兼ねて夜釣りに来ていた。
女は余り釣りが好きではなかった。
男と一緒に釣り場に来るのが好きなだけだった。
退屈した女が岸壁を海を見下ろしながら歩いていると、突然の高波が女を襲った。
女はその高波にさらわれ、海に引きずり込まれた。
気付いた男が透かさず服を着たまま海に飛び込み、ムダだと分かってはいたが猛然と波にさらわれて行く女の後を追った。


つー、まー、りー、・・・


「無駄ーーー!! 無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!」


だと分かってはいたが猛然と波にさらわれて行く女の後を追った。

ところが、波の満ち引きの関係か?

信じられない事に男は女に追い付く事が出来た。
女の襟首を引っ掴むと、死に物狂いで岸辺を目指した。
しかし、波の引く力には勝てなかった。
どんどんどんどん、沖へ沖へ沖へ沖へと引っ張られた。
最早、岸にたどり着くのは絶望的だった。
それでもまだ、天はこの二人を見捨てていはなかった。

『もうダメだ!?』

と思われたまさにその瞬間、岸辺に泳ぎ着く事は出来なかったが、岸から1キロほど離れた所に海面から出ていた小岩を奇跡的に捕まえる事が出来たのだ。
男は、ショックで意識を失っている女を若干傾斜してはいるが、人が二三人乗るには十分なスペースのあるその小岩の上に押し上げた。
だが、自身は力尽き、その小岩につかまっているのがやっとだった。
そしてその状態で男は助けを待った。

しかし、

時は、晩夏の夕暮れ。
当たりはまだホンのわずかだが明るさが残っているとはいえ、人目に付くような場所ではない。
船の通りも殆(ほとん)どない。
つまり、助けを望むのは絶望的だったのだ。
男の体は完全に冷え切っていた。
いくら這い上がろうとしても自力でその小岩に這い上がるのは無理だった。
既に体力を使い切っていたのだ。
声を上げる事さえ出来なかった。
ただ、意識を失ったままでいる女を海面からジッと見守っているのが精一杯だった。
そんな状態で、待つこと10分。
ようやく女の意識が戻った。
そして女が目を開けた。
しかし、女は自分の置かれている状況を理解するには少し時間が必要だった。
目の焦点を上手く定められずに暫し、呆然としていた。
どのくらい時間が経ってからだろうか?

『ハッ!?』

女が我に返った。
目の前で男が服を着たまま海に浸(つ)かり、弱々しく自分を見つめているのに気付いた。
そこで初めて女は自分が置かれている状況を理解した。
男と目が合った。
男がホッとした表情をして、チョッと微笑んだ。

だが、

女が男の顔を見たのはそれが最後だった。
女が自分のいる小岩に男を引き上げようと、急いで左手で岩の突出している部分を支えとしてつかみ、右腕を男に向けて伸ばした。
その女の右腕をつかもうと男が右手を伸ばした丁度その瞬間、大波が恐ろしいまでの勢いで二人に襲い掛かって来たのだ。
そしてその大波が引いた時、既に男の姿は女の目の前から消えていた。
いくら女が男の名を呼び、泣き叫んでも2度と男は海面に姿を現す事はなかった。

翌日、

女はたまたまその小岩のそばを通り掛かった漁船に幸運にも救助された。

それから5年が過ぎた。

そして今、女は5年前自分がさらわれた海岸線に一人ポツンとしゃがんでいたのだ。
それは1年に一度、合計五度目の事だった。
しかしその五度目は、前四度とは確実に違っていた。
その日、女は結婚の報告に来ていたのだ。
1か月前に知り合った相手と、1年後に結婚する事になった事を。
女はこの5年間、健気(けなげ)にも自分の身代わりになって死んだ男のために操(みさお)を守り通して来ていた。
死ぬまでそのつもりでいた。
しかし女は既に25才になっていた。
心配した周りの勧めで見合いをし、その相手と結ばれる事になったのだった。
男が海に飲まれてちょうど5年目の今日、女がそこにその報告に来たのだ。

女は男の沈んだ海に手を合わせながら、今日が最後になるという事を心の中で男に告げた。
女は泣いていた。
大粒の涙が頬を伝わり、

「ポタッ。 ポタッ。 ポタッ。 ・・・」

と、地面に落ちていた。

その時、

「ボ~~~」

遠くで汽笛の音がした。
その汽笛の音はまるで女に語り掛けているようだった。

「幸せにな!?」

と、力強く。

瞬間、

女は立ち上がり、あの小岩の方角を見定めて大声で男の名を呼んだ。
繰り返し何度も何度も何度も男の名を呼んだ。
泣きながら繰り返し何度も何度も何度も男の名を呼んだ。
声がかれるまで繰り返し何度も何度も何度も・・・

「ェッ。 ェッ。 ェッ。 ・・・」

女は泣いた。
泣いて泣いて泣いて、涙が枯れるまでその場に立ち尽くして泣いた。
両手で顔を覆って泣いた。
やがて涙が枯れた。
もう一度しゃがみ込み、海に向かって手を合わせた。
そのまま一心に祈りを捧げた。
そして最後に心の中で別れを告げた。

『ごめんね、健ちゃん。 ・・・。 さよなら』

・・・と。

再び女は立ち上がり、海に背を向け、ユックリと歩き始めた。
しかし女は後ろ髪をひかれる思いだった。
だから女は振り返りたかった。
もう一度、もう一度だけ男の沈んだ海を見たかった。

だが、

決して振り返らなかった。

それは、

『もう決して過去を振り返ってはいけない。 前に進まなければならない』

そう固く心に決めていたからだった。
女はもう泣いてはいなかった。
そして立ち止まる事なく、振り返る事なく歩き続けた。
前を向き、前を見据え、前に向かって、前に前にと。
しかしその場所は、その海は、女にとって決して忘れる事の出来ない、否、絶対に忘れてはいけない場所であり海だった。
それでも女は決心していた。
絶対に振り返らないと。
そして二度と訪れないと。
その日が最後なのだと。

その日女は最後にもう一度だけ、その場所に、自分の身代わりとなって死んだかつての恋人の眠っているその海に、その恋人の弔いをしに来たのだった。
それはその海に眠っている昔の恋人に、結婚の報告だけは絶対にしなければならない義務だと感じていたからだった。

だが、実はそれだけではなかった。

確かにその日女がそこを訪れたのは、死んだ昔の恋人に結婚の報告と最後の別れを告げるためだった。
それは紛れもない事実だった。
だがその他にもう一つ、もう一つだけそこを、その場所を、その海を、絶対に訪れなければならないある理由(わけ)が女にはあった。

そぅ。

女はその日、そこを、その場所を、その海を、絶対に訪れなければならなかったのだ。

それは・・・

忘れようとしても忘れられない、否、決して忘れてはならないあの残酷な過去とさよならをするためであると同時に、5年間そこに置いたままにしてあった・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・自分の気持ちを持ち帰るために。。。











第10話 『夜釣り』 お・す・ま・ひ







“君に読む愛の物語” 第9話 『誕生日』

第9話 『誕生日』




時計の針は午前0時を5分、過ぎていた。

そしてその5分前までが・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ある女の誕生日だった。

その日、女は男と夏休みの旅行でアメリカはロサンゼルスに旅立った。
勿論、その男は女の恋人だ。
しかし男は、パーフェクトなまでに女の誕生日を忘れているようだった。
それまで女は何度かその日が、否、その5分前までが自分の誕生日だというサインを出したり、アピールは一応する事はしていた。
それでも男がそれに気付いた様子は全くなかった。
仕方なしに女はそれ以上のアピールは諦めた。

『ま!? いっか!? 一緒にこんな素敵な旅行に来れただヶでも』

そう思って。

その旅行は某旅行会社が企画した 『羽田~ロサンゼルス5日間の旅』 で、女がネットで知った企画旅行だった。
もっとも企画旅行とは言っても、旅行会社が手配するのは往復の航空チケットとロスでの滞在ホテルのみで、現地では参加者各自好きな事が出来る旅行だった。
そして期間も8月初旬からという事もあり、仕事柄長期旅行も可能な二人にとってみれば夏休みの旅行にはもってこいだった。
だが男の仕事の都合で、この旅行申込み手続きから現地ではどこに行き、そこで何をするかなどは女が全部計画せざるを得なかった。
しかし、女は男がこの旅行のため仕事のスケジュール調整が大変だった事を良く承知していた。
だから不満は全くなかった。
男はフリーランサーだったのだ。
ちなみに女は翻訳家。
そして待ち合わせ場所が羽田空港で、男がそこに着いたのも離陸直前の午前0時チョッと前。
ギリギリセーフ状態だった。
だから女はこうも思っていた。

『残念だヶど、きっと忙しくてアタシの誕生日忘れちゃんったんだね。 仕方ないよね。 この旅行のために随分無理してくれてたもんね。


つー、まー、りー、・・・


『無理ーーー!! 無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理ーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!』


してくれたもんね』

と。

ロスに着くと二人は直ぐに宿泊予定先のホテルに案内された。
時は、既に夜の8時近かった。
そして二人とも長旅でくたびれてはいたが、空腹だったせいもあり、着替えを済ますと直ぐホテルのレストランで食事をする事にした。
レストランに着いた時には、もう8時半をまわっていた。
というよりも9時に近かったと言った方が正しいか?
その所為(せい)だろうか?
ナイトタイムに入っていたらしく、レストランの照明は若干暗めに感じられた。
もっともそれがそのレストランの通常の明るさなのかもしれないが。

そのレストランには専属の弦楽四重奏楽団が入っていて、夜はロマンチックな生演奏を聴かせてくれていた。
二人が席に着くと、タイミング良くその弦楽四重奏楽団はヴァイオリン・ソロでバッハの 『ジャコンヌ』 の演奏を始めた。
その曲を聴きながら、メニューからそれぞれが気に入ったディナーと白ワインをオーダーした。
それから二人は黙ってヴァイオリンの演奏に耳を傾けていた。
暫くして、ワインが運ばれて来た。
それから少ししてシャコンヌの演奏が終わった。
すると、
それまで椅子に座って演奏していたヴァイオリニストが不意にが立ち上がり、二人のテーブルに近付いて来た。
そしてテーブルを挟んで女の正面に、男の背後に、徐(おもむろ)に立ったかと思うと、ニッコリ微笑んでヴァイオリンを構え、演奏し始めた。

曲目は、

『ハッピー・バースデー・トゥー・ユー ( Happy Birthday to You )』

だった。

その曲をバックに、酒好きの男がナゼかその日に限って運ばれてきたまま全く口を付けようとはしなかったワイングラスを手に取り、それを高々と掲げ、人目も憚(はばか)らず、大きな声で女に向けてこう言った。

「誕生日おめでとう!!」

「え!?」

ここで初めてそれまでそのヴァイオリニストの不可解な行動を、

『何事か?』

と、不信に思って見ていた他の客たちもその意味を理解した。
それは男が女に内緒で事前に旅行会社に事情を話して頼み込み、旅行会社も、又そのレストランも、快く応じてくれていたハプニング企画だったのだ。
そしてそのハプニング企画を目の当たりにした他の客たちも、レストランのスタッフたちも、その場にいた者たち全員が、にこやかな笑顔で女に向けて一斉に、

「パチパチパチパチパチ・・・」

拍手を送って女の誕生日を祝福してくれた。

この余りに突然のハプニングに、

「え!? え!? え!?」

女は軽いパニックになり、状況を理解する事が出来なかった。

否、

それだけではなかった。
もう一つ。
もう一つ大事な事を女はまだ理解出来ていなかった。
その男が自分にプレゼントしてくれたハプニング企画にとって、とても大事な事をもう一つ、それをまだ。

それは日付変更線。

そぅ。

その日、その時、その瞬間、そのレストランは・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・その一日前の世界に存在していたのである。。。











第9話 『誕生日』 お・す・ま・ひ





このお話は・・・

横浜発ロサンゼルス港着の客船が、もし半日で日付変更線を越える事が出来るなら(多分ムリポ)、次のように書き換えます。


   ・↓・



“君に読む恋の物語” 第9話 『誕生日』

第9話 『誕生日』





その日は・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ある女の誕生日だった。

そして女は、男と豪華客船のクルーズ旅行でアメリカはロサンゼルスに行く途中だった。
勿論、その男は女の恋人だ。
しかし男は、パーフェクトなまでに女の誕生日を忘れているようだった。
それまで女は何度かその日が自分の誕生日だというサインを出したり、アピールはしてみた。
それでも男はそれに気付かなかった。
仕方なしに女はそれ以上のアピールは諦めた。

『ま!? いっか!? 一緒にこんな豪華な旅行に来れただヶでも』

そう思って。

その旅行は某旅行会社が企画した横浜港発、ロサンゼルス港着10日間の船旅で、女が偶然ネットで知った企画旅行だった。
そして期間も8月初旬からという事もあり、仕事柄長期旅行も可能な二人にとってみれば夏休みの旅行にはもってこいだった。
だが、男の仕事の都合でこの客船の乗船チケットの手配から何から女が全部やらざるを得なかった。
しかし、女は男がこの旅行のため仕事のスケジュール調整が大変だった事を良く知っていた。
だから不満は全くなかった。
男はフリーランサーだったのだ。
ちなみに女は翻訳家。
そして待ち合わせ場所が港で、男がこの船に着いたのも出帆直前の午前7時チョッと前。
ギリギリセーフ状態だった。
だから女はこうも思っていた。

『残念だヶど、きっと忙しくてアタシの誕生日忘れちゃんったんだね。 仕方ないよね。 この旅行のために随分無理してくれてたもんね。


つー、まー、りー、・・・


『無理ーーー!! 無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理ーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!』


してくれたもんね』

その船のレストランには専属の弦楽四重奏楽団が入っていて、夜はロマンチックな生演奏を聴かせてくれていた。
二人が船内のレストランで食事をしていると、それまで演奏していたヴァイオリン・ソロによるバッハの 『ジャコンヌ』 の演奏を終えたヴァイオリニストが不意にが立ち上がり、二人のテーブルに近付いて来た。
そしてテーブルを挟んで女の正面に、男の背後に、徐(おもむろ)に立ったかと思うと、ニッコリ微笑んで演奏し始めた。

曲目は、

『ハッピー・バースデー・トゥー・ユー ( Happy Birthday to You )』

だ。

するとその曲をバックに、酒好きの男がナゼかその日に限ってそれまで全く口を付けようとはしなかったワイングラスを高々と掲げ、人目も憚(はばか)らず、大きな声で女に向けてこう言った。

「誕生日おめでとう!!」

「え!?」

ここで初めてそれまでそのヴァイオリニストの不可解な行動を、

『何事か?』

と、不信に思って見ていた他の客たちもその意味を理解した。
それは男が事前に船会社と楽団に事情を話して頼み込み、又、船会社も楽団も快く応じてくれていたハプニング企画だったのだ。
そしてそのハプニング企画を目の当たりにした他の客たちも、レストランのスタッフたちも、船員たちも、その場にいた者たち全員が、にこやかな笑顔で女に向けて一斉に、

「パチパチパチパチパチ・・・」

拍手を送って女の誕生日を祝福してくれた。

この余りに突然のハプニングに、

「え!? え!? え!?」

女は軽いパニックになり、状況を理解する事が出来なかった。

否、

それだけではなかった。
もう一つ。
もう一つ大事な事を女はまだ理解出来ていなかった。
その男が自分にプレゼントしてくれたハプニング企画にとって、とても大事な事をもう一つ、それをまだ。
それは日付変更線。

そぅ。

その船は丁度その時、ヴァイオリニストが 『シャコンヌ』 の演奏をし終えた丁度その時その瞬間、日付変更線を越えたのだ。

つまり、

その時その瞬間、その客船はこの二人のために時間を戻し・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・その一日前の世界を航行していたのである。。。











第9話 『誕生日』 お・す・ま・ひ







“君に読む愛の物語” 第8話 『恋の片道切符』

第8話 『恋の片道切符』




女は・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・密かに男を見つめていた。

男は・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・それに全く気付かなかった。

女は電車に乗っていた。
朝、9時5分発の通勤電車に。
女は毎朝、決まった時間に、決まった車両の、決まった場所に乗り込んだ。
当然、女の視野の範囲は決まる。
その決まった範囲に男がいた。
それは女の憧れの男。
女はその男に密かに憧れていたのだ。
名前も、住所も、年齢も、職業も、何(なん)にも知らないその男を。

しかし、

男はそれに全く気付かない。
女の視線を感じる事さえ、全くない。

でも、

女はそれでも良かった。
憧れの男の近くにいるだけで嬉しかった。
そのハンサムな横顔を見ているだけで満足だった。

  アナタの名前は?
  住所はどこ?
  年齢は?
  何をしてるの?

そんな事を思いながら、そのハンサムな横顔を見ているだけで満足だった。
そして男の存在に気付いてからの1か月。
その男はその女の “朝の恋人” になった。

だが、

そんな虚しい “恋の片道切符” はいつまでも続かない。
続く訳がない。
ある日突然、女は乗る電車を変えた。
決まった車両の、決まった場所だが5分早い電車に。
女は気付いたのだ。

3日前から、

毎朝、決まった時間に、決まった車両の、決まった場所に乗り込んで来る女を・・・










その男が見つめ始めた事に。











第8話 『恋の片道切符』 お・す・ま・ひ







“君に読む愛の物語” 第7話 『おみくじ』

第7話 『おみくじ』




女は・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・チョッとブルーな気分だった。

男は・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・女がいつになく元気がないのを怪しんだ。

その日、男と女はデートだった。
待ち合わせ場所は二人の地元神社の夏祭り。
先に来た女が、男を待っている間におみくじを引いた。
それがパーフェクトなまでに不吉な “大凶”。
だから女は少しブルーな気分だった。
そして後から来た男がそれを不審に思った。
だが、何も言わなかった。
黙って様子を見ようと思ったのだ。
女は浴衣姿だった。
勿論、男も。
ショートカットの黒髪に、色白でスラッと細身で綾瀬はるか似の女は、薄紅色の花柄の浴衣がとても良く似合っていた。
長身でガッチリ系、褐色に日焼けした一見サーファー風の男も、白地に紺のストライプの浴衣を粋(いき)にイナセに着こなしていた。
二人は出店(でみせ)で買った団扇(うちわ)をパタパタさせながら、何も言わずに参道を本殿まで進んだ。
女は俯(うつむ)き加減でチョッと先の地面を見つめながら歩き、男はそんな女の気を引こうと参道の左右に並列している出店を、ワザと少し大げさにキョロキョロして見せていた。
だが、
相変わらず女は無表情で俯き加減。
当然、何もしゃべろうとしない。
とうとう間(ま)が持たずに男が声を掛けた。

「どうした? 何かあったんか? やけに元気ねぇじゃん」

「うん」

女は頷(うなづ)くだけだった。

「お前らしくもない。 腹でも壊(こわ)したんか? それともあの日か?」

「違うよ、バカ!?」

「お!? 元気あんじゃん」

「うん」

女が元気を取り戻した。
そして素直に先ほど引いた大凶のおみくじの事を語った。

「な~んだ、それでかぁ」

「うん。 だってさ。 こんな日に大凶だなんて縁起でもないから」

「そんな事ならな~んも心配いらねぇぜ。 実を言うと、ホントは俺。 今日、ここ。 お前よっか早く来てたんだ。 んでもって、やっぱ、俺もおみくじ引いたんだ。 したら、お前とおんなじ大凶でやんの」

「え!?」

「ヶど、大凶で良かったって思ってんだぜ。 俺」

「何で~?」

「だってそうだろ? お前みたいないかしたベイビーと夏祭り来れる俺がさぁ、吉だの大吉だの引いてみな。 今日がピークって事じゃん。 そうなりゃ、後は落ち目。 落ちるっきねぇじゃん。 だろ? 下手すりゃ、お前と別れなきゃなんねぇって事だってありうるし。 な」

「あ!? そっか。 そうだね。 アタシたち、まだまだピークじゃ困っちゃうもんね」

「あぁ。 俺たちこれからじゃん。 だからさ。 そ~んなつまんねぇ事で、一々、くよくよすんじゃねぇよ。 な」

「うん。 分かった。 そうだね。 そう思えばどうって事ないね」

「あぁ」

ここで男が立ち止った。
釣られて女も。
そして男は、自分を見つめ返している女の目をジッと見つめてもう一言付け加えた。

こぅ。

「俺のベイビーはハッピーかい?」

これに女が嬉しそうにニッコリとほほ笑んで頷いた。

「うん」

だが、

女は知らない。
男の懐には、先ほど引いたままご神木に結ばずそのまま持っていたおみくじが入っている事を。
しかもそのおみくじは大凶ではなく、実は大吉だった事を。

そぅ。

男は女を安心させるため、ウソを吐いたのだ。
そして女はそれを知らなかった。

つまり・・・

その時既に、男の方はピークを・・・










だから・・・











第7話 『おみくじ』 お・す・ま・ひ







“君に読む恋の物語” 第6話 『クラス会』

第6話 『クラス会』




男の前に・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・女が座った。

そして男は・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・まだ女を愛していた。

それはクラス会での出来事だった。
その日は高校卒業後3年目にして初めて行われたクラス会。
男は国立大学の理工学部の三年生。
女は短大を卒業し、既に新社会人になっていた。
男と女は高1から高3までずっと同じクラス。
男は密かに女を愛していた。

だが、

言い出せなかった。
勇気がなかったのだ。
そして今も尚・・・

一方、

女は誰からも愛され、同じクラスのみならず他のクラスの男たちからもちやほやされていた。
しかし真に愛せる相手に出会えなかったのだろう、ステディはいなかった。

周りが騒ぐ中、男は女を見ずに黙ってグラスに入ったビールを飲み干した。
男は本当は目の前に座っている女を見たかった。
だが、その勇気がなかったのだ。
そしてビールを飲む事によって一時的に間(ま)を持たせたのだった。

すると、

(スゥ~)

男の手元に栓の抜かれたビール瓶が伸びて来た。
女が男のグラスにビールを注(つ)ごうとしているのだ。

ここで初めて男が顔を上げて女を見た。
女は微笑んでいた。
そして飲み干した空のグラスにビールを注げるように、男に目で促(うなが)した。

男は軽く2度3度頷き。
グラスをビール瓶に近付けた。

(トクトクトクトクトク・・・)

男は再び目線を下げ、自分のグラスに注がれるビールをジッと見つめていた。

女は相変わらず美しかった。
否。
更に美しくなっていた。
3年ぶりに会った女。
かつて大好きだった女。
今も尚、大好きな女。
その女が自分の空のグラスにビールを注いでくれているのだ。
緊張の余り、男は一瞬にして全身から汗が噴き出した。
それと同時にグラスを持つ手が震えた。
それを女に気付かれまいと、必死の形相になって震えを抑えようとした。
その男の必死な姿を見て女は何かを感じ取ったのだろう。
女の顔から先ほどの笑顔が消えた。

男は自分に言い聞かせていた。
まるでエヴァ(ヱヴァンゲリオン)の碇シンジのように。

『ダメだ、このままじゃ。 逃げちゃだめだ、逃げちゃだめだ、・・・


つー、まー、りー、・・・


駄目ーーー!! 駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目ーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!


だ!? ウム。 良し!?』

ビールの酔いも手伝って男が心を決めた。
勇気を奮い起こし、女に何かを言おうと顔を上げた。
彼女の目を見つめた。
否、見据えた。

だが、
先に口を開いたのは女の方だった。

「ホントはあの時、わたしは貴方が・・・ス」

とここまで女が言った時、ほかの連中から声が掛かった。

「オ~イ、そこの二人~。 な~に深刻な顔してんだ~?」


そして・・・











第6話 『クラス会』 お・す・ま・ひ







“君に読む恋の物語” 第5話 『100円ショップ』

第5話 『100円ショップ』




瞬間・・・

『やっぱり、この人だ!?』

女は思った。
男とのデート中に。

そぅ。

それはデート中の出来事だった。

男と女。
同じ会社の同僚で、男は年齢28、女は26と年齢だけは釣り合っていたが、パーフェクトまでに不釣り合いなカップル。
というのも、中肉中背で短足胴長の地方から出て来た頭はそこそこいいのだがあまり見栄えのしない男に比べ、女は父親がエリート商社マンだった事もあり、フランスのパリ、スペインのマドリード、ギリシャのサントリーニ島、そして日本の京都の4か所で多感な思春期を過ごし、日本語は当然の事、フランス語、スペイン語、それにギリシャ語をネイティブレベルで使える帰国子女。
しかも見るからにハイソで上品な上に、

「ハァ~」

普通の男なら誰しもがため息を吐きたくなるほどの美形だった。

そんな不釣り合いな二人は今、東京は新宿の高田馬場にある100円ショップにいる。
そこが男が女に指定したデートの場所だったのだ。
しかも初デート。
表参道でもなく、銀座でもなく、恵比寿でもなく、こんな所をデート場所に、それも初デート場所に指定する事からも分かるように、この男はダ、サ、い・・・、超ダサい。
だからこの二人を似合いのカップルなどと思う者がいたらそれこそ、

「お前、頭だいじょぶか!?」

と、こめかみに思いっきり力を入れて断言出来るほどこの二人は不釣り合いだった。

さて、

男にとってその女は初めての恋人だったのに対し、女はその前に4人の男と付き合っていた。
パリで一人、ローマで一人、サントリーニ島で一人、京都で一人、の合計4人。
そしてその4人の内訳は、フランス人の音楽家、イタリア人の貴族の末裔、ギリシャ人の外交官、日本人の超高級料亭の跡取り息子。
年齢は皆バラバラで、女と同年代の者から一回り近く上の者までいたが、全員がハイソな家柄だった。
しかし今、そんなハイソな女の横にいるのは “標準的” 田舎者。
つまり “標準的カッペ”。
そんな女がナゼこんな男と?
だが、それが人生の妙味というものなのだろう。
女は間違いなくハッピーなのだから。
田舎者であろうがなかろうが、お構いなしに女はその男を一人の人間として素直に受け入れていたのだ。
勿論、愛の対象として。

だって・・・

花の都(みやこ)、パリ。
遺跡と歴史の街、ローマ。
真っ青の空に、鮮やかなブルーオーシャンのサントリーニ島。
今や世界中の、それも若者のみならず超セレブまでもが憧れる日本が世界に誇る美しい古都、京都。
そんな所でならどんな相手であろうと、それなりの愛があれば一緒にいても楽しいし、ハッピーだ。
現に、元恋人たちとそれぞれの場所で過ごした時間はその女にとって、それなりに楽しかったしハッピーだった。
そんな普通では味わう事の出来ない経験を持つ女。
でも、そんな女だからこそ分かる事がある。
その日その時、女は、人生で初めての経験をしていたのだ。
パリ、ローマ、サントリーニ島、そして京都という素晴らしい場所で味わった以上のハッピー感に包まれるという経験を。
そんな素晴らしい場所においてすら、これまで一度も味わう事の出来なかったハッピー感に包まれるという経験を。
それを今、女は100円ショップという凡(およ)そデートの、それも初デートの待ち合わせ場所としてはパーフェクトなまでに不適格な場所で味わっていたのだ。
しかも、あの余り綺麗とは言えない土地柄の高田馬場にある100円ショップで。
否。
ハッキリ言って、小汚い場所である高田馬場にある100円ショップでだ。
女はそんな場所で自分をよりハッピーにしてくれる男の横顔を、自分には目もくれずひたすら目の前で真剣に100円小物を物色している “標準的田舎者” の男の横顔を、満足気にチョッと微笑みながら、そして愛(いと)おしそうにジッと見つめていた。

そしてこう思っていた。

『やっぱり、この人だ!?』











第5話 『100円ショップ』 お・す・ま・ひ







“君に読む愛の物語” 第4話 『メイク』

第4話 『メイク』




女は・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・不満気だった。

その日、女は大好きな彼とデートの約束をしていた。
会うのは1時間後。
今、女は鏡の前に座っている。
休日だという事もあり、自分の部屋で念入りにメークをしているのだ。
しかし、中々思うように肌に乗らない。
ルージュも頬紅もアイラインもだ。
肩までのロン毛のセットはうまく決まったのに。
着て行く水色のワンピースも満足なのに。
薄茶色のなめし皮のバッグだって。
白いハイソックスだって。
ピンクのパンプスだって。

でも、

化粧品だけが上手く肌に乗らない。
女は二十歳(はたち)の大学生。
まだまだ肌が衰えるような年齢(とし)ではない。
しかし満足の行くメークが出来ないのだ。
何かが足りない。

そぅ。

何かが足りないのだ。

「ハァ~」

女は一度、軽くため息を吐き、暫(しばら)くジッと鏡の中の自分を見つめていた。
そして気持ちを切り替えた。

『ま!? いっか!?』

それから椅子から立ち上がり、脇に置いてあったバッグを右手に取り、もう一度姿見(すがたみ)で入念に服装のチェックをした。

『良し!?』

メークの乗りには不満があったものの、全体的なコーディネートには満足だった。
そして綺麗に磨いてあったピンクのパンプスを履き、部屋を後にした。

都内某所にある約束の場所へは・・・

駅まで歩いて10分。
更に、電車で待ち時間含めて30分。
再び歩いて10分。
トータル50分。

女は約束した時間の10分前に着いた。
既に来て自分を待っていた男に向かって手を振りながら小走りに近付いた。
勿論、ニッコリと微笑んでだ。
その時、

『あ!? そっか!?』

ここで初めて女は理解した。

足りなかったのは・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・笑顔。。。











第4話 『メイク』 お・す・ま・ひ







“君に読む愛の物語” 第3話 『ある画家』

第3話 『ある画家』




男は・・・


画家だった。
ある晴れた日の午後、自宅の庭にある花壇の前にキャンバスをセッティングして絵を描いていた。
描いていた絵は美人画で、白いワンピース姿にホワイトソックスと赤いパンプスを履き、その艶のある豊かな黒髪をポニーテイルにまとめたとても愛くるしい女性が、男の家の花壇をバックに両手を後ろ手に組み、両足をピンと伸ばし、上体を少し前に突き出した格好でニッコリ微笑んでいるという絵だった。
そしてその絵の完成は、後(あと)残りワンタッチと微修正までになっていた。
男は筆を執り、キャンバスに向かい、一筆加えようとしていた。
そしてそれが最後の筆になるはずだった。
しかし、なぜか男の手は止まっていた。
残り、後、たったの一筆なのに。

ナゼか?

それはその男にはある計画があったからだった。
男はその絵が完成した暁(あかつき)には、その絵のモデルの女性に交際を申し込むつもりだったのだ。
勿論(もちろん)、結婚を前提とした。

しかし、

「フゥ~」

男はため息を吐き、静かに筆を下した。
男はその絵を完成させるのを躊躇(ためら)い、しばらくその絵をジッと見つめていた。
それからソッと目を閉じ、物思いにふけった。
すると、どこからともなく一匹の蝶々がヒラヒラと飛んで来て、男のすぐ傍に置かれてあったガーデンテーブルの上を暫(しばら)く舞ったかと思うと、再びどこかへ飛び去って行った。
その蝶々が舞ったガーデンテーブルの上には、一通の封の切られた手紙とその中に入っていたと思われる便箋が置かれてあった。
それはその絵のモデルの女からの手紙だった。
そしてその手紙にはこう書かれてあった。

『前略。 わたくし、この度(たび)、結婚する事になりました。 つきましては、もしご都合が宜しければ式にご出席して頂けたらと思い、お手紙お出し致しました。 ・・・』











第3話 『ある画家』 お・す・ま・ひ







“君に読む愛の物語” 第2話 『港町ブルース』

第2話 『港町ブルース』




そこは・・・


港町だった。

とはいっても海岸からは若干距離があった。
それでも停車駅に降り立つと、ツーンと潮の香りが感じられた。
そしてその町にも御多分(ごたぶん)に洩(も)れず飲み屋街があった。
俗にいう 『何々横丁』 だ。
その飲み屋街の一角にチョッと古びたレンガ造りのこじんまりとしてはいるが、その古びたレンガの醸(かも)し出すオールドファッションド感が何とも言えない味を出している、センスのいいバーがあった。

時は夕暮れ。

そのバーのドアが、

『ギー』

っと開いた。
マスターが顔を上げると、一人の男と続いて一人の女が入って来た。
男はその店の古くからの馴染みの客だった。
というより、そのマスターの同(おな)い年の幼馴染でそこの常連客だったといった方が正しいか?
しかし、その男がその店に来たのは3年ぶりの事だった。
だが、それはそれ。
旧知の仲のマスターと男。
互いにアイコンタクトで会話が出来、言葉は必要なかった。

『ただ見つめあう』

ただそれだけで良く、二人は目と目だけで挨拶を交わした。
というのも、男が見知らぬ女を連れていたからだった。
だからマスターは女を見ると直ぐ、それまで壁に掛けてあった額縁に入った四つ切大の写真を外し、言葉で挨拶するのを避け、アイコンタクトに切り替えたのだ。
それは、

『口を開くのは客の方が先』

という一瞬の判断からで、

“余計な事は、言わない聞かない”

それがその二人の暗黙のルールであり、マスターが挨拶をアイコンタクトに切り替えたのはその所為(せい)でもあった。

一方、

その男の連れの女は日本人としては大柄で、身長は1メートル70近くあると思われた。
そして目がとても大きく、ハリウッド女優のニコール・キッドマン似の超美人だった。
もっとも、男の方も中々の美男でしかも身長は1メートル85。
そのため二人のバランスはバッチリだった。
そんな男と女がカウンターに着くと、マスターが男に向かって目で何かを訴え掛けながら初め右手人差し指一本を立て、次いで中指を立てた。
これに男がチョッと頷(うなづ)き、やはり右手人差し指と中指を同時にマスターに向けて立て返した。
これで注文は決まった。

つまりそれは、

「いつものヤツ、一つ? 二つ?」

「二つ」

というやり取りだったのだ。
注文が決まったのでマスターが徐(おもむろ)にシェーカーに何種類か必要なリカーを入れ、手慣れた手つきでそれを振り始めた。
女は暫(しばら)くマスターのその手慣れたしぐさを見ていた。
それからユックリと、自分たちの他はまだ誰も客の来ていない店内を見回し、男に向かってこう言った。

「素敵なお店ね」

「あぁ」

「よく来るの?」

「昔はね」

そう答えてから男が、

(クイッ!!)

マスターに向かって顎をしゃくった。
それに反応してマスターが、

(コクッ!!)

軽く頷(うなづ)き、

「3年ぶりかな?」

逆に男に聞き返した。

「あぁ。 3年ぶりだ」

そこで会話が終わった。
一瞬、言葉が途切れ、ぎこちない間(ま)が出来たが、丁度タイミング良くマスターがシェーカーを振り終えた。
そして手際良くシェーカーの酒を二つのカクテルグラスに移し替え、

(スゥー。 スゥー)

それらを男と女の前に滑らせた。
そのグラスを手に取り、二人は互いに見つめ合い、微笑み合い、

(チン)

軽くグラスを当てて乾杯した。
二人がカクテルグラスに口をつけ、一口すするように飲み、グラスを下したのを見てからマスターがサイドボードの中に入れてあった葉巻の入っているシュガーケースを取出し、男、女の順に差し出した。
男は一本取ったが、女は手のひらを立てて断った。
女はタバコを吸わなかったのだ。

(カチッ!!)

男が吸い口をカウンターの上に置かれていた葉巻カッターで切り、その葉巻をくわえると、

(シュポッ!!)

直ぐにマスターが愛用の ZIPPO (ジッポー)に火を点け、

(スゥー)

男に向けて差し出した。
男はその火を葉巻に移した。
それから葉巻に火を移す時に吸い込んだ煙を一旦吐き出し、そしてもう一度、

「スゥ~」

っと軽く口の中に煙を吸い込み、

「フゥ~」

ユックリとそれを吐き出した。
それが合図ででもあったかのように、3人の会話がまた始まった。
先ずは女の紹介から。
その女は男のフィアンセで半年前に知り合い、そして半年後に結婚する予定になっていた。
その日はその報告を兼ね、マスターを式に招待しに来たのだった。
マスターも快くそれを承諾した。
後は殆(ほとん)ど他愛もない男とマスターの昔話に終始した。
そして30分ほど話し込んでから、男と女は会計を済ませ店を出て行った。
店を出て行くその二人の後ろ姿を見送ってから、マスターが先ほど男の後に女が入って来たのを見て直ぐに外した、それまで壁に掛けてあった写真を手に取り、感慨深げにしばらくそれを眺め、それから元あった所に戻した。
その元に戻された写真には、カメラのレンズに向かって楽しそうに笑い掛けている二人の男と一人の小柄な女が写っていた。
二人の男はその店のマスターと先ほどの男。
そしてその二人に挟まれて幸せそうに笑っていた小柄な女の右肩には、男の右手が掛かっていた。

そぅ・・・。

実はその小柄な女は3年前、交通事故で死んでしまった、先ほどの男の三つ年下のフィアンセだったのだ。

それからマスターは、店のBGMに使っている、今では殆(ほとん)ど目にする事のなくなったレコード盤を取り出し、プレーヤーにセットした。
そしてもう一度、あの写真に目をやった。
女と目が合った。
写真の女は嬉しそうにニッコリと微笑んでいた。

すると、

そのマスターと写真だけの空間にプレーヤーから、たった今セットされたばかりのミュージックが流れ始めた。

それは、

マスターとソックリの笑顔でニッコリと微笑んでいる写真の女が大好だった曲で、二人で良く聞いていたカンツォーネ。
Bobby Solo (ボビー・ソロ)の歌う、

『君に涙と・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ほほえみを』

だった。



  ♪ ♪ ♪


『君に涙とほほえみを』

“ Se Piangi, Se Ridi ”

作曲:Gianni Marchetti, Roberto Satti
作詞:Mogol, Roberto Satti


se piangi amore,
io piango con te …
perche’ sono parte di te.
sorridi sempre, se tu non vuoi ..
non vuoi vedermi soffrire mai.

   ・・・


君が泣くなら、愛する君
僕も君と泣く
何故って君の一部だから
したくなくてもいつも微笑んで
僕が苦しむのを見たくないよね

   ・・・


  ♪ ♪ ♪











第2話 『港町ブルース』 お・す・ま・ひ







“君に読む愛の物語” 第1話 『最後の一杯』

第1話 『最後の一杯』




男は・・・


酔いつぶれていた。
馴染(なじ)みの小料理屋の女将の前で。

原因は、

3年間付き合った大のスコッチ好きの彼女と些細な事で口論となり、それが徐々にエスカレートし、売り言葉に買い言葉。
つい弾みで自分の方から別れ話を持ち出し、その彼女と3時間前に別れてしまったからだった。
男は自分の行った愚かな行為を悔やんでいた。
悔やんでも悔やんでも悔やみきれないほどに。
まだ彼女を心底愛していのだ。

だが、

“時既にお寿司”

彼女の気位(きぐらい)の高さを考えると、もう二度と元へは戻らないだろうと観念せざるを得なかった。
そしてその憂さを晴らすために馴染みの小料理屋でやけ酒を食らっていたのだ。
男のそんな切実な思いを察し、女将は黙って男に酒を注(つ)いでいた。
しかし男が正体をなくすほど飲んだのを見て、次に男が酒のお代わりを頼んだ時、

「これが最後の一杯ですよ」

そう言いながら女将はグラスに酒を注(つ)いだ。
男はその酒をグラス越しに一旦、酔った焦点の定まらない目で繁々と眺めた後、一気に煽(あお)った。
まるでそれが酒ではなく、ミネラルウォーターか何かででもあるかのように。

否、そうじゃない!?

あえてこう言おう。

“親の仇(かたき)”

ででもあるかのようにと。

ウム!?

この表現の方がピッタリ来る。

そしてバタッとカウンターに酔いつぶれてしまった。
握っていたグラスをコトッと倒したのと同時に。
だが、女将は何も言わず男をそのままソッとしておいた。

『今は何を言ってもムダね。

つー、まー、りー、・・・

「無駄ーーー!! 無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!」


ね。 静かに寝かせておくのが一番』

そう思ったからだった。

そんな情の濃(こま)やかな女将のやっている小料理屋は駅前の大通りから一つ、二つ、三つ目を脇に入った裏通りにあった。
そしてその店の最寄駅から急行で3駅乗ると、こじんまりとしてはいるがチョッとモダンなバーにたどり着く。
男が小料理屋で酔いつぶれた丁度その頃。
そのバーのバーテンダーが馴染みの女性客のグラスに、その女の大好きなスコッチを 『トクトクトクトクトク』 と静かに注(そそ)ぎながらこう言った。

「これが最後の一杯ですよ」











第1話 『最後の一杯』 お・す・ま・ひ







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